3.本書の構成
第二章では、動詞の自他対応と自他交替に関する先行研究を概観し、再分析を行う。
第三章では、[cause(引き起こし)]の関係であるか否かを中心に自他のペアを整理するために、まず、[cause]の関係はいったい何の関係であるかを明らかにする。その際、Croft(1990)のcausal chainの観点とL&RH(1995)のunaccusativeityの観点とを採用する。
Croft(1990)のcausal chainの観点は、具体的には、力の伝達・移動(force dynamic)の観点(いわゆる動力学)から、[cause]の関係を整理する説である。力を発するものはinitiatorである。力はinitiatorから、対象へ伝達・移動して、対象の変化を引き起こす。力のinitiatorから対象への伝達・移動は、intermediateを介して行う場合がある。力が対象の変化を引き起こした後、ある結果状態が残る場合もある。力は、逆の方向へ伝達・移動しない。こうした(物理世界の)力の伝達・移動が観察される事象は、[cause]の関係にある。本書はこれを[cause]の関係の判断基準とする。力の伝達・移動が観察されない事象は、[-cause]の関係にあると判断する。
本書にとって、L&RH(1995)の[cause]の関係に関する観点は以下の点において重要である。「他動詞からの自動詞化によって生み出された非対格動詞は、少なくとも自立の解釈を持たなければならない」という点である。これも[cause]の関係の判断基準とする。
[cause]の関係の判断基準を明らかにした後、動詞の実例の動向を述べる。具体的には、「日本語動詞基本用法辞典」から、形態で対応する自動詞と他動詞を取り出し、チェックの対象とする。BCCWJというコーパスを用いて、以上の自動詞と他動詞の実例を集める。そして、上記の[cause]の関係の判断基準を用いて、これらの実例において[cause]の関係がみられるか否かをチェックする。チェックの結果は、[+cause]とともに、[-cause]の関係も観察されるとなっている。
[+cause]の関係は先行研究でよく論じられてきたため、本書は、[-cause]の関係にある自他のペアを中心に考察・分析を行うことにする。
第四章と第五章は、以上で述べた[-cause]の関係の自他のペアを、他動詞に着目して分析する。具体的には、第四章では「介在性の表現」という現象、第五章では、「状態変化主体の他動詞文」という現象を中心に検討する。
第六章で、上記の両現象をあわせ、日本語の他動詞の意味的構造の全体像を再構築する。また、この全体像で説明できる他の現象について触れる。
第七章から第八章までは、自動詞を中心に、[-cause]の関係の自他のペアを検討する。第七章では、まず、L&RH(1995)の非対格動詞とそれに対応する他動詞の[cause]の関係は影山(1996)でいう[cause]の関係は性質が違うことを明らかにした。そして、統語的なデ格名詞は、事象構造では動作主と絡んでいることを確認し、影山(1996)が主張した動作主脱落するという説の反論を出し、脱使役化という説を批判的に検討する。続いて、自動詞の考察によって、本書の代案を提示する。それは、英語の自動詞は他動詞と[CAUSE]という関数で結びついて、動作事象と結果事象は因果関係にある。そこから派生された自動詞は、自立の事象を表す。
(34)
それに対して、日本語の自動詞は他動詞と、[CAUSE]という関数で結びついていないという提案である。
(35)
日本語の自他動詞の語彙概念構造は、(34)で示したように、[+]という関数で結びついて、動作事象と結果事象は時間的前後関係にあると本書が主張する。そこから派生された自動詞は、他動詞の完結点以降のアスペクト局面を表す。それはアスペクト的に「点」的な事象である。したがって、日本語には、自律の事象を表す自動詞とともに、他動詞の結果の局面を表す自動詞が存在する。自立の事象を表す自動詞は、「落ちる、倒れる」などの動詞であり、他動詞の結果の局面を表す自動詞は「建つ」「植わる」などの動詞である。「建つ」「植わる」のような結果自動詞は、コーパスを用いて検索すると、その大半がテイル形をとるという特徴がある。そして、第八章では、他動詞の結果の局面を表す自動詞がテイル形を取って文に現れるという言語事実を用いて第七章の主張を検証する。
第九章は、論をまとめながら、今後の課題を提出する。
注释
〔1〕便宜のため、この立場の先行研究を「自他対応」の立場の先行研究と簡略的に記す。
〔2〕便宜のため、この立場の先行研究を「自他交替」の立場の先行研究と簡略的に記す。
〔3〕例文番号を含め、本書によって一部改変。
〔4〕ページ数は須賀一好・早津恵美子編『動詞の自他』(1995)による。
〔5〕BCCWJで調べたら、「が切れる」のヒット数は284件。中に「期限が切れる」は一番多く、62件。「糸が切れる」は二位で38件。
〔6〕意味的に「決め付ける」とある種の対応をなしているのかもしれないが、「決める」と対応しない。
〔7〕便宜のため、「期限が切れた」という用法の「切れる」を「切れる1」と記す。この用法以外の「切れる」を「切れる2」と記す。「切れる」のすべての用例を「切れる全体」と記す。
〔8〕例文番号を含め、一部改変。
〔9〕例文番号を含め、一部改変。
〔10〕ページ数は須賀一好・早津恵美子編『動詞の自他』(1995)による。以下も同様。
〔11〕例文番号を含め、一部改変。
〔12〕Levin&Rappaport Hovav(1995)による。
〔13〕例文番号を含め、本書によって一部改変。
〔14〕便宜のため、この立場の先行研究を「自他交替」の立場の先行研究と簡略的に記す。
〔15〕「介在文」とも呼ばれる。詳しくは第四章を参照。
〔16〕詳しくは第五章を参照。
〔17〕単純事象はさらに単一事象と複合事象に分けられる。また、注意されたいのは、単一事象と複合事象は、第三章のsimple event,complex eventに当たる。詳しくは第三章で後述する。
〔18〕宮腰(2012)によると、根拠があれば、結果は〈変化〉として規定しても、〈状態〉として定義してもよい。たとえば、「花瓶を割る」のような他動詞文が表している事象の結果は何かというと、ⅰ花瓶が割れた状態になったコト〈変化〉という意味もとれるし、ⅱ花瓶が割れているコト〈状態〉という意味もとれる。本書は自動詞を分析対象とする。自動詞の基本的な語彙意味は状態ではなく、変化であるため、ここでの「結果」とは、〈変化〉という意味で使う。
〔19〕この動作主の脱落の過程は、影山(1996)は「脱使役化」と呼んでいる。「脱使役化」の詳しくは本書第二章及び第七章を参照。さらに詳しいことは影山(1996)を参照。
〔20〕反使役化については第七章で詳述する。さらに詳しいことは影山(1996)を参照。
〔21〕脱使役化については第七章で詳述する。さらに詳しいことは影山(1996)を参照。