1.本書の結論

1.本書の結論

本書は、日本語の自動詞文と他動詞文のそれぞれの全体像を整理し、他交替のシステムを再構築することを目指している。まず、本書にとって有意義な先行研究をまとめ、本書の「事象構造分析」という立場から先行研究を再分析した。次に、先行研究が提示したcausal chainという観点から、普遍的に受け入れられた自他交替における自動詞が表す下位事象と、他動詞が表す下位事象との間の[cause]の関係とはいったい何なのかということを明確にした。具体的には、Ⅰ.力の伝達・移動が物理的に観察される否か。Ⅱ.力を受けるものに生じる変化は、自立(internally caused)という解釈を持つか否かという二点を[cause]の関係の判断基準とした。そして、この基準を用いて、コーパスから取り出した他動詞(無対他動詞185件+有対他動詞155件、合計340件)の用例(1700件)を一々チェックした。有対他動詞の実例の動向からみると、[+cause]の関係にある自他のペアもあれば、[-cause]の関係にある自他のペアもあるということがわかった。[+cause]の関係は多数の先行研究に扱われてきたので、本書はほとんど先行研究で扱われたことのない[-cause]の関係に焦点を当てて考察・分析することにした。

第四章と第五章で、[-cause]の関係の自他のペアを、他動詞を中心に考察・分析した。具体的には、第四章では、先行研究でいう「介在性の表現」という現象、第五章では、先行研究でいう「状態変化主体の他動詞文」という現象を事象構造分析というアプローチで再分析を行った。

第六章で、事象構造分析という方法で、以上の二つの現象を統一的に説明した。両現象は、〈意志性〉〈働きかけ性〉などの素性において異なっているにもかかわらず、事象構造の観点から改めて考えると、両者の間で共通点がみられる。つまり、両者はともに複雑事象を表す。その複雑事象に、通常の他動詞が表す単純事象が含まれている。単純事象の上に、さらに別の主体が加わっている。そのシステムを図で示すと、以下の通りになる。


(1)複雑事象を表す他動詞の意味的構造

alt

両者のただの違いは、主体と単純事象の間の具体的な関係(図1の矢印(⇒)が表す部分)というところにある。大きく捉えれば、両者は同じシステムに収められる。そのシステムを踏まえた上で、事象構造分析と素性分析を合わせて、他動詞の意味的構造の全体像を構築し、さらなる大きなシステムを立てた。そのシステムを表で示すと、以下の通りになる。

表1

alt

そして、この全体像のシステムを自動詞に当てはめてみた。自動詞も事象構造に基づいて、以下のように分類することができる。

表2

alt

そして、続きの第七章で、自動詞のシステムの中の、[-cause]の関係を中心に考察・分析した。普通の自動詞は行為か(自立的な)変化の意味を表す。この場合、自動詞は「+単一事象」自動詞である。このような「+単一事象」自動詞は、他動詞と自他対応をなすなら、他動詞と[+cause]の関係をなす。一方で、日本語には、このような自動詞以外に、別の種類の自動詞が存在する。それは、「-単一事象」自動詞とまとめる。「-単一事象」自動詞は、背景に、外在的な動作主の行為が前提となっており、動作主から発した働きかけの力が潜んでいる。この種類の自動詞は、アスペクト的に、行為の完結点に生じた結果を表し、「点」的に捉えられるため、持続性を持たないという特徴があると分析している。そのため、「-単一事象」自動詞は、その事象構造と語彙概念構造において、他動詞と時間的な前後関係にあり、[cause]の関係をなさないという仮説を立てた。


(2)自動詞のLCS

a.alt

b.alt


「+単一事象」自動詞の語彙概念構造は、「CAUSE」という関数で結びついて、動作事象と結果事象は因果関係にある。そこから派生された自動詞は、自立的な変化事象を表す自動詞である。英語の自動詞と日本語の一部の自動詞はそれにあたる。一方、「-単一事象」自動詞の語彙概念構造は、[+]という記号で表され、動作事象と結果事象は時間的な前後関係にある。そこから派生された自動詞は、他動詞の完結点で、対象に生じた結果を表す。「点」的な事象である。

そして、本書は続きの第八章でテイル形に焦点を当てて、自立的な「+単一事象」自動詞と結果的な「-単一事象」自動詞のそれぞれの傾向性を、コーパスで調べた。「落ちる」「倒れる」をはじめ、自立的な「+単一事象」自動詞は、タ形をよく取り、テイル形はあまり取らない傾向を示す。それに対して、「建つ」「植わる」をはじめ、「-単一事象」自動詞は、テイル形を取る傾向を示す。また、「+単一事象」自動詞はテイルを取ると、プロセス副詞と共起できるのに対して、「-単一事象」自動詞はテイル形を取っても、プロセス副詞と共起できない。つまり、「-単一事象」自動詞はプロセス局面をかけている。これらの事実を用いて、第七章で提案した仮説を検証した。

日本語の事象と自他動詞を全般的にまとめてみると、以下の通りになる。


事象一つ

変化事象ないし行為事象

変化事象は自動詞(非対格動詞)

行為事象は対象に向かうなら他動詞(「待つ」のような他動詞)、対象に向かわないなら自動詞(非能格動詞)


事象二つ

行為事象と変化事象、責任的関与事象と変化事象、行為事象と結果事象

行為事象と変化事象の両方をプロファイルするなら他動詞(「割る」のような典型的な対格他動詞)

変化に責任的関与すれば、変化を直接的にもたらさなくてもよい。言い換えれば、日本語の他動性は〈意志性〉ではなく、〈責任的関与性〉に依存する。また、〈意志性〉と〈働きかけ性〉は互いに依存しない。責任的関与すれば、〈意志性〉がなくても他動性は成り立つ(「思わず皿を落とした」)。また、責任的関与すれば、〈働きかけ性〉がなくても他動性は成り立つ(「夜を明かす」)。

強制的に行為事象の結果を切り離して、結果にプロファイルするなら自動詞(「建つ、植わる」のような自動詞)


事象三つ

変化事象、変化を引き起こす事象、変化に責任的関与する事象

変化の実際の引き起こし手は責任を取らない

変化に責任的関与する事象は他動詞(「介在性の表現」「状態変化主体の他動詞文」)


一方、英語の事象と自他動詞を全般的にまとめると、以下の通りになる。


事象一つ

変化事象ないし行為事象

変化事象は自動詞(非対格動詞)

行為事象は対象に向かうなら他動詞(readのような他動詞)、対象に向かわないなら自動詞(非能格動詞)


事象二つ

行為事象と変化事象

行為事象と変化事象の両方をプロファイルするのは他動詞(breakのような他動詞)

下位事象としての変化事象は、上記の単一事象の変化事象と重なる


日本語と英語を対照してみると、以下のようになる。

表3

alt

alt