Causal Chainの観点からの分析

2.Causal Chainの観点からの分析

2.1 単純事象レベル

causal chainの観点からみれば、佐藤(1994b)が(1)で述べた「事態2」において、主体の下位事象(美容師が切る)は客体の下位事象(髪が切れる)と、causal relation、つまり「+cause」の関係にあると考えられる。たとえば、「太郎は美容室で髪を切った」という例では、力を発するのは美容室の「美容師」であり、「美容師」から「髪」へ力が伝達・移動する。「美容師」という項は統語構造に明確に現れていないが、事象構造に存在することは認められる。佐藤(1994b)の言葉を借用すると、美容師という「被使役者」は「実際に存在する」。事態2の事象構造、あるいは、causal chainを図で示すと、以下の通りになる。


(14)美容師が髪を切った。

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また、「山田さんは知り合いの工務店で家を建てた」という「介在性の表現」において、「(工務店の)大工さんが家を建てる」という「事態2」も、(14)と同じように分析することができる。


(15)大工さんが家を建てる

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ただ、「建てる」は「切る」と違い、生産動詞である。「髪を切る」という場合、「髪」はそもぞも存在するものである。「切る」という動作によって、髪の形などが変化する一方、「家を建てる」という場合、「家」はそもそも存在しないものである。「建てる」という動作によって、家がゼロから生まれる。事象構造からみれば、「建てる」という動作は材料などに働きかけるが、「家」に働きかけていない。しかし、働きかけは[cause(引き起こす)]と異なることである。働きかけは対象という実体に関わっているが、[cause(引き起こす)]は対象の変化に関わっている。「建てることによって、家ができた」、「建てることによって、家が建った」とは言える。「家」は「ない状態からある状態になった」という変化を経る。その変化は「建てる」という動作に引き起こされる。要するに、「大工さん―家」という事象に〈働きかけ性〉はないのにもかかわらず、[+cause]の関係は成り立つ。

以上で分析したように、(14)と(15)では、主体の下位事象(美容師が切る)と客体の下位事象(髪が切れる)は、[+cause]の関係にあることが確認される。このような[+cause]の関係は、「窓ガラスを割る」のような普通の単純他動詞の各下位事象間の関係と同じである。

2.2 複雑事象レベル

上記のような単純事象の上に、さらに別の主体(山田さん、太郎)が加わると、複雑事象になる。佐藤(1994b)が述べた(1)でいうと、他動詞「建てる」や「切る」は、事態2だけではなく、事態1も同時に表す。「事態1+事態2」という事象全体は、複雑事象であると考える。事象の引き起こし手は一つしかないという制限があるため、「大工さん」、「美容師」が実際の働きかけの力を発するもの、また、対象の変化事象の引き起こし手と確認されたら、主体の「山田さん」、「太郎」は引き起こし手ではないことが同時に確認される。つまり、単純事象(事態2)における[+cause]の関係が確認されることと表裏一体の関係になるが、「山田さん」、「太郎」という主体の下位事象は、「家」「髪」という客体の下位事象(「家が建つ」「髪が切れる」)との間に、[-cause]の関係にあることが同時に確認される。「山田さん」「太郎」を主体とした[-cause]の複雑事象を図で示すと、以下の通りになる。


(16)太郎が美容室で髪を切った。

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1 単純事象の動作主「美容師」は、複雑事象に入ると、統語構造に現れなくなる。


(17)山田さんは知り合いの工務店で家を建てた。

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1 85ページ注1と同様。


(16)においては、「美容師」から「髪」までの直線で表示したチェーンは、前節で確認した通り、単純他動詞事象のcausal chainと同じである。この単純他動詞事象の各下位事象、つまり、「美容師が切る」という他動詞主体の働きかけと「髪が切れる」という他動詞客体の変化との間では、[+cause]の関係がみられる。この単純他動詞事象に、さらに「太郎」という項が加わると、事象全体が折線のチェーンで表さなければならなくなる。ここの折線は、直接的な引き起こしの関係でないことを表す。「太郎」は折線のチェーンで表された事象全体(複雑事象)の主体であると考える。また、単純事象における主体は、客体と直線的なチェーンを構成し、客体と直接的に関係するが、複雑事象における主体は、客体ではなく、下位的な単純事象と関係する。言い換えれば、主体は、客体のような項と直接的に結びつかず、ある事象と結びついている。図で示すと、以下の通りである。


(18)複雑事象

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それと対比的に、普通の単純事象を表す他動詞は、その主体は客体と、直接的な関係で結んでいる。


(19)単純事象

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複雑事象を表す他動詞は、項と事象の間の関係を表すのに対し、単純事象を表す他動詞は、項と項の間の関係を表す。(18)をさらに詳しく記述すると、以下の通りになる。


(20)複雑事象

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簡単にまとめると、単純事象は「実体対実体」の関係を表す。それに対して、複雑事象を表す他動詞は、「実体対実体」ではなく、「実体対事象」の関係を表す。

便宜のため、単純他動詞事象の主体である「美容師」を小主体とし、複雑事象、あるいは事象全体の主体である「太郎」を大主体とする。大主体と単純事象との間の関係は、[-cause]の関係であることを確認したが、[-cause]の関係がいったい何の関係であるかはまだはっきりとしていない。それについては次節で分析する。

(17)に関しては、同じように分析することができる。「大工さん」から「家」までの直線で表示したチェーンは、単純他動詞事象のcausal chainと同じである。この単純事象に、さらに「太郎」という項が加わると、事象全体が折線のチェーンで表さなければならなくなる。ここの折線は、直接的な引き起こしの関係でないことを表す。そして、事象全体の主体である「山田さん」は、「大工さんが家を建てる」という事象との間の関係は[-cause]の関係にあると確認できる。

2.3 複雑事象を表す他動詞文における主体の意味役割

本節では、複雑事象を表す他動詞文における主体の意味役割、言い換えれば、主体と単純事象(事態2)との関係を明らかにすることを目的とする。

1.2節で明らかにしたように、日本語の「介在性の表現」は英語の「have」構文と事象構造的に類似している。両者はともに事象構造に三つの参与者がある。「使役者(大主体)」、「被使役者(同時に動作者)(小主体)」と「客体」である。統語的な主語に投射する「使役者」は〈意志性〉という素性を持つ。しかし、「客体」に直接的に働きかけていないため、客体の角度からみれば、〈働きかけ性〉という素性を持たない。ただ、事象構造においては、使役者は発注や依頼などの働きかけの力を発するため、「have」に当たる「△働きかけ性〔2〕」を持つ。また、「客体」は〈変化性〉という素性を持つ。「被使役者―客体」は単純(他動詞)事象をなしている。単純事象の上に、「使役者」がさらに加わっており、複雑事象が構成されている。

日本語の「介在性の表現」は、英語の「have」構文との違いは、英語の「have」構文は「have」という迂言形式を使用する一方、日本語はそれに相当する迂言形式を使わず、他動詞がそのままの形で、「have」構文の意味を表す。したがって、本書は日本語の「介在性の表現」の事象構造(意味構造)には、「have」に相当する要素が存在すると分析する。また、主体と単純事象(事態2)との間の関係は、[have]の関係であると主張する。[have]の関係を上記の(16)、(17)において明記すると、以下の(21)、(22)の通りになる。


(21)太郎が美容室で髪を切った。

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(22)山田さんは知り合いの工務店で家を建てた。

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