意味中心の自他交替に関する研究
英語には交替現象がしばしば起こる。たとえば、英語の心理動詞は以下のような振る舞いをする。
(4)
a.John likes long novels.
b.Peter fears dogs.
c.Mary worries about the ozone layer.
(5)
a.Long novels please John.
b.Dogs frighten Peter.
c.The ozone layer worries Mary.
心理動詞に限らず、英語にはdative alternation、locative alternation、against/with alternationなどの交替現象がある。
(6)
a.John gave the newspaper to Tom.
b.John gave Tom the newspaper.
(7)
a.John loaded the boxes onto the truck.
b.John loaded the truck with boxes.
(8)
a.John hit the stick against the fence.
b.John hit the fence with the stick.
さらに、自他(使役)交替の現象もある。
(9)
a.John broke the window.
b.The window broke.
以上の各種の交替は、同じ問題を抱えている。同じ意味役割(たとえば(4a)のJohnと(5a)のJohn)は正反対のLinkingパターン(John→主語-John→目的語)を同時に持つのであろうかという問題である。この問題に対して、少なくとも二つの立場の解決案がある。立場Ⅰ:Johnの意味役割は確かに一つであり、それが統語にlinkingしたあと、統語上の操作で二つの統語表現に分かれる。立場Ⅱ:Johnの意味役割はそもそも一つではない。一つのように見えるが、実際は(4a)におけるJohnは、(5a)におけるJohnと同質のものではなく、二つである。二つの意味役割はそれぞれ統語にlinkingした結果、当然二つの統語表現が現れる。
Belletti & Rizzi(1988)は立場Ⅰに立つが、あまり採用されない立場である。
一方、Pesetsky(1987)(1995)、Dowty(1991)は立場Ⅱに立つ。心理動詞を例にすると、(4a)のJohnは意志と意識をもつ存在(animate and sentient being)であり、その意味役割はagentである。(5a)のJohn は状態変化を経験(undergoing a change of state)するものであり、その意味役割はpatientである。具体的な証拠は、A:(5)の各文は状態変化という意味が読み取れるのに対して、(4)の各文はそれが読み取れない。B:次の例におけるarticleは、(10a)ではtargetであるのに対して(10b)では必ずしもtargetではない。
(10)
a.John is angry at the article.
b.The article angered John.
(10a)のarticleはJohn's anger のtargetでなければならない。それに対して、(10b)のarticleはJohn's anger のcauseではあるが、必ずしもそのtargetではない。articleそのものが大好きで、ただその著作権などに腹が立つという意味も読み取れる。
本研究は基本として立場Ⅱに従う。つまり、(4a)のJohnは(5a)のJohnと意味役割が違い、(4a)のJohnの意味役割はagentであり、(5a)のJohnの意味役割はpatientであることを認める。言い換えれば、統語上の主語と目的語は、そもそも違う意味役割からマッピングされてきたものである。ただし、L&RH(2005)が指摘したように、このような分析を採用する人は、(4a)と(5a)や(6a)と(6b)、(7a)と(7b)、(8a)と(8b)、(9a)と(9b)の交替している二文間の共通点と相違点をそれぞれ明らかにしなければならない。L&RH(1988)はlocative alternationについて以下のように分析している。まず(7)を(11)に再掲し、そしてそのLCSを(12)のように示す。
(11)
a.John loaded the boxes onto the truck.
b. John loaded the truck with boxes.
(12)
a.load:[x CAUSE[y TO COME TO BE AT z]/LOAD]
b.load: [[x CAUSE[z TO COME TO BE IN STATE]]BY MEANS OF[x CAUSE[y TO COME TO BE AT z]/LOAD]
(12)で示したように、(11b)のwith文は(11a)を含意するが、その逆は成り立たない。(12a)のLCSは(12b)のLCSの一部分にあたり、BY MEANS OFの部分が加わったら、(12b)になる。言い換えれば、交替する二つの文は、共通するところは(12a)の部分であり、違うところは(12b)はBY MEANS OFの部分が加わっているところである。
この分析は、Pinker(1989)によってdative alternationと自他(使役)交替に広げられた。以下の(13)は交替している自他動詞のLCSである。他動詞のLCSは自動詞のLCSと(13a)を共有する。(13a)に[[x ACT ON y]CAUSEの部分が加わったら、(13b)となる。
(13)
a.自動詞: | [y BECOME[y BE AT z]/ROOT] | |
b.他動詞: | [[x ACT ON y]CAUSE | [y BECOME[y BE AT z]/ROOT] |
(13)の自他二文の意味的関係は広範に受け入れられている。(13)を用いて日本語の自他を説明しようという先行研究が多数ある。代表的には、影山太郎の『動詞意味論―言語と認知の接点―』(1996)が挙げられる。影山(1996)に関しては、本書の第七章で詳しく後述する。
注释
〔1〕本居春庭(1828)を引用する場合、「おのつから」「みつから」という表記法をそのまま援用する。それ以外の場合、「おのずから」「みずから」という言葉を使うと、現代語の表記法を使用する。
〔2〕ページ数は須賀一好・早津恵美子編『動詞の自他』(1995)による。以下も同様
〔3〕本書の佐久間(1936)に関するものは、『現代日本語の表現と語法(増補版)』(1983)による。
〔4〕本書の佐久間(1936)に関するものは、『現代日本語の表現と語法(増補版)』(1983)による。
〔5〕ページ数は須賀一好・早津恵美子編『動詞の自他』(1995)による。以下も同様。
〔6〕「SBJ」は主語を指す。