2.実例の動向

2.実例の動向

2.1 「インテルはいってる」における「入る」

商品広告のPR用語として、「インテルはいってる」という表現は有名である。日本語母語話者の耳にしたら、「テル」の二つ繰り返しで面白く感じる人が多いが、文法的に違和感を覚える人がほとんどいない。しかし、よく考えてみると、「インテルはいってる」における「入る」は、「太郎はすし屋にはいる」「太郎はお風呂にはいる」などの能動文における「入る」と違うことがわかる。たとえば、「太郎はすし屋に入りたがる」や「太郎はお風呂に入りたがる」など、「~たがる」と共起することは能動文ではごく自然である一方、「*インテルは(パソコンに)入りたがる」は許容度が非常に低い。また、「太郎よ、すし屋にはいれ!」「太郎よ、お風呂にはいれ!」などの命令文は成り立つのに対して、「*インテルよ、(パソコンに)はいれ!」という命令文は成り立たない。以上の「~したい」文や命令文でテストすると、「雨が窓から入る」における「はいる」は、「インテルはいってる」における「はいる」と同様で、「すし屋にはいる」における「はいる」と異なるように見える。「*雨が窓から入りたがる」「*雨よ、窓からはいれ!」は非文である。表1のように整理することができる。

表1

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「ゆっくり」でテストすると、どうなるだろうか。「太郎はゆっくりとすし屋にはいった」「太郎はゆっくりとお風呂に入ってきた」は問題なく成り立つ。「インテルはゆっくりと(パソコンに)入った」は成り立たない。「雨がゆっくりと地下駅にはいった」という文は言えるため、「雨が入る」における「はいる」は、能動文のおける「はいる」と共通性も見られる。表1を含めて整理すると、表2になる。

表2

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したがって、「はいる」は少なくとも三つのタイプに分けられる。


(1)

Ⅰ「太郎はすし屋にはいる」のような文における「入る」

Ⅱ「雨が地下駅にはいる」のような文における「入る」

Ⅲ「インテルはいってる」のような文における「入る」


タイプⅠは、人間の意図的な動作を表す「入る」である。この用法の「入る」は能動的である。動詞としての「入る」は「入れる」と自他交替を有していると認める先行研究は少なくないが、しかし、奥津(1967)や佐藤(1994b)などの自他交替の定義によれば、タイプⅠの「はいる」は、ほとんど、「入れる」と交替しない。

他動詞との交替を有しているのはタイプⅡとタイプⅢの「はいる」である。タイプⅡは、前述した自然生起の事象、つまり「+単一事象」を表す自動詞であり、タイプⅢは「-単一事象」自動詞である。本章ではタイプⅢの「入る」の実例を収集し、それについて分析を行う。

2.1.1 観察

2.1.1.1 用例採取

まず、『現代日本語書き言葉均衡コーパス・少納言』を用いて、「~が 入る」の実例の動向を調べよう。検索語は「が入る」「がはいる」「が入っ」「がはいっ」「が入り」「がはいり」である。調査に当たったところ、「わざと」「~たがる」などのテストを用いて、ガ格が意志性を持つ動作主と判断されたものを除外した。また、連体修飾語の「入る」も除外した。「THEMEが入る」と解釈可能な例を採取した。「THEMEが入る」と解釈可能な例は、ほとんどがテイル形のものである。以下のとおりに示す。


(2)この財布には3千円入っています。

(3)自分のジーンズのポケットにも何か入っているのに気づきました。

(4)スキムミルクの中には乳糖が入っているんじゃないでしょうか。

(5)煮干しや干し椎茸、ときにはさけの頭も入っていました。

(6)そのとき私の手には、すでに東和銀行支店から盗んだ一千万円の大金が入っていたのです。

(7)時計用のボタン電池がはいっていますよ。

(8)モミガラの中に、真っ赤なリンゴがいっぱい入っています。

(9)封筒の中にはソ連のミサイル配置図が入っていた。

(10)洗濯機をあけたら、脱水済みの洗濯物が入っていたりします。

(11)風船の中には綿毛の種が入っていますね。


2.1.1.2 用例から抽出される特徴

ア)(2)-(11)のいずれも、他動的行為が前提となっていると解釈される。たとえば、(2)の3千円は、誰か財布に入れるという動作が前提となっていないと、自ら財布に入ることができない。言い換えれば、「+単一事象」と解釈する可能性はない。

イ)テイル形で出てくるのがそのほとんどである。連体修飾語として出てくる場合、ル形、タ形の例はあるにもかかわらず、言い切り文として出てくる場合は、ル形、タ形の例はほとんど観察されなかった。「ハイッテイル(マス)」「ハイッテイタ(マシタ)」の形で出てくるのが圧倒的に多い。「ハイッテイル(マス)」「ハイッテイタ(マシタ)」の形で出てくる用例は、すべて結果状態を表すものであり、進行を表すものは観察されなかった。

ウ)ほとんどの用例は(2)の「この財布に」、(3)の「ジーンズのポケットに」などのような場所ニ格や場所を表す名詞を伴っている。文全体の意味は「ある場所にあるものがある」という単なる存在文の意味に近い。

2.1.2 分析

調べた限り、テイル形をとって出てきた「入る」(「ハイッテイル」)はすべて結果状態の局面を表す用例である。進行の局面を表すものはコーパスでは見つからなかった。用例数がゼロであることから、使用頻度が低いことがわかった。Yahoo grepを用いて追加調査を行うと、以下のような進行の局面を表す「入っている」を見つけた。


(12)穴から少しずつ(すこしずつ)水が入って(はいって)いて、沈んで(しずんで)しまったら、…
http://www.kodomo-seiko.com/classroom/class/rekishi/rekishi0007.html

(13)(放射線が)〔1〕むしろ日常の食事などから慢性的に少しずつ体に入っているとして評価した方が現実的であると考えられます。
http://www.nirs.go.jp/information/qa/qa.php


以上の二例の「入る」は、自然生起の事象(「+単一事象」)と解釈される。テイル形が進行の局面を表すのは、「+単一事象」と解釈できるものに限られる。(2)-(11)は進行を表す副詞「少しずつ」「ゆっくりと」などと共起できない。そのため、「-単一事象」自動詞はアスペクト的な結果局面をしかもたないと解釈できる。


(14)*この財布に3千円が少しずつ/ゆっくりとはいっている。

(15)*自分のジーンズのポケットにも何かが少しずつ/ゆっくりと入っている。

(16)*スキムミルクの中には乳糖が少しずつ/ゆっくりと入っている。


また、タ形をとる「入る」では、「-単一事象」自動詞と解釈されるのは連体修飾語に限られる。


(17)台所のコンロにはカレーの入った鍋があり、…

(18)Dさんが持ってきたMM(パナエオラス・トロピカリス)の入った段ボール箱は10箱くらいあった。


(17)(18)の連体修飾語としての「入った」は、言い切り文の述語に変えると、文の許容度が下がる。


(19)??台所のコンロには鍋がある。その鍋にカレーが入った。

(20)??Dさんが持ってきた段ボール箱は10箱くらいあった。その段ボール箱にMM(パナエオラス・トロピカリス)が入った。


(19)(20)の「入った」を「入っている」に変えると、許容度が大きく上がる。


(21)台所のコンロには鍋がある。その鍋にカレーが入っている。

(22)Dさんが持ってきた段ボール箱は10箱くらいあった。その段ボール箱にMM(パナエオラス・トロピカリス)が入っている。


連体修飾語ではなく、述語になる「-単一事象」自動詞は、テイル形を取って文に出てくるのが安定している。言い換えれば、言い切り文の述語として出てくる「入った」は、ほとんど「-単一事象」自動詞ではない。実際の用例を見てみよう。


(23)飛行機の中で女性が二人話しているのが耳に入った。

(24)やっと九ヵ月に入った。

(25)海水浴で耳に水が入った。

(26)歩くたびに大粒の汗が眼に中に入った。


(23)-(26)で示したように、「入った」は、ほとんどが自然生起の事象を表す。つまり、ものが人為的な力を頼らずに、自然にどこかにはいるということを表す。このような事象は「+単一事象」である。

結果を表す「入った」の例も見られた。以下の用例である。ただ、非常にまれであった。


(27)ぜひ手に入れたかった本が,やっと手に入った。


以上から、「入る」は、「+単一事象」自動詞とも解釈され、「-単一事象」自動詞とも解釈されることがわかった。「-単一事象」自動詞としての「入る」が、ほとんどテイル形を取って文に出てくるのに対して、「+単一事象」自動詞としての「入る」は、テイル形が、タ形、ル形に比べれば、それほど数的に優勢ではない。

2.2 「植わる」、「建つ」

「植わる」と「建つ」は、動力学からみれば、必ず誰かが「植える」や「建てる」という動作が前提となっているため、「単一事象」自動詞と解釈される可能性はなく、「-単一事象」自動詞としか解釈されない。

「植わる」「建つ」のコーパスでの実例の動向は、前述した「入る」と同様な傾向性を示す。

2.2.1 「植わる」の実例の動向

2.2.1.1 用例採取

検索形態:植わ

ヒット数:26

そのうち、連体修飾語の用法、「植わった+名詞」5件、「植わる+名詞」2件、「植わっている+名詞」4件がある。連体修飾語のテンス・アスペクト体制が言い切り文のテンス・アスペクト体制と比べ、特殊性があるため、本書では除外と処理した。

残りの15例はすべてテイル形を取るものである。以下の通りで列挙する。


(28)両方の家とも、大きな木が植わっていて、素晴らしい家だったんですが、

(29)むかしはこの街道ぞいにも柳の並木が植わってました。

(30)真ん中にこんもりとした築山があり、低く枝を伸ばした形のいい松が植わっていた。

(31)現状が良くわかりませんが、大きな木が植わっているとすると、それを切って根っこを起こすのが大変そうですね。

(32)外には昔から残っている梅の木が植わっています。

(33)次にいいと思うのは、外に梅の木や竹が植わっていて、梅の香りや竹の葉ずれの音がするという点です。

(34)お宅の庭園にも、一本の桜が植わっていた。

(35)さらに、その向こうには梅の木が植わっていました。

(36)そして、この部屋の前に一株の梅が植わっていて―それが戸の前というからおそらく南側だろうと思うのですが

(37)庭にもそうとうひろく、流行りのガーデニングというのか、小さな樹木と達夫の知らない奇妙な植物が密集して植わっていた。

(38)南側だろうと思うのですが、東側には竹が植わっている。

(39)塀のかわりに、いろんな種類の木が植わっていて、花壇には、赤や黄色の花がいっぱい咲いていた。

(40)若しこんな指が 福寿草のように小さな鉢に植わって居たら、どんなに可愛らしいだろう。

(41)井戸端にひょろ高いいちじくの木、厠の汲み取り口に南天が二、三本植わっているほか、目ぼしい草も樹木もなく、もっぱら洗濯物の干し場に使われている。

(42)築山には人の背丈より高い屏風石が見事に配置され、クロマツ、モチノキ、モッコク、カエデ、ウメなど、きれいに整枝された木々が植わっている。


2.2.1.2 用例から抽出される特徴

ア)(28)-(42)のいずれも、他動的な行為が前提となっていると解釈される。

イ)「植わる」は言い切り文の述語として文に現れる際、テイル形を取る。「植わる」という例において、2.1の「入る」の調査より、テイル形の比率が高く、100%を占める。

ウ)文には、場所二格や場所を表す名詞・名詞句を伴う傾向が見られる。場所二句、場所句とガ格の語順は、(63)を除いて、「~ニ」・場所句→「~ガ」語順である。存在文の語順と一致している。

2.2.2 「建つ」の実例の動向

2.2.2.1 用例採取

検索形態:建た、建ち、建って、建った、建つ

ヒット数:582

582例の中、「建つ」の各アスペクト形式の個数は以下の通りである。

表3 「建つ」のアスペクト形式

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テイル形を取る用例数は86%を占め、傾向として、「入る」「植わる」の観察結果と差がない。以下では、「建っている」の例と「建った」の例をいくつか挙げる。


(43)駅の西口に駅前ビルが建ってます。

(44)庭の奥に三棟のはなれ屋が建っていた。

(45)湯煙りのたつ谷川の岩の上に、ちいさな板葺き小屋が建っていて、入り口にサンダルが脱ぎ捨てられてある。

(46)この村の家はほとんど、古代の墓の上に建っているのだが、…

(47)それが鉄クズの散らばる原っぱの中にポツンと建っていた。

(48)建物自体が標高150mくらいの位置に建っており、天気が良ければ絶景を拝めると聞きました。

(49)受け付け用のテントは十人の男の手で、ほんの十五分で建った。

(50)徳川宗敬様のお筆で、公の御事蹟顕彰の碑が建った。


2.2.2.2 用例から抽出される特徴

ア)(43)-(50)のいずれも、他動的な行為が前提となっていると解釈される。

イ)テイル形で出てくるのが多い。ル形、タ形の例も若干あるが、「タッテイル(マス)」「タッテイタ(マシタ)」の形で出てくるのが圧倒的に多い。テイル形で出てくる用例は、すべて結果状態を表すものであり、進行を表すものは観察されなかった。

ウ)ほとんどの用例は(43)の「駅の西口に」、(44)の「庭の奥に」などのような場所ニ格や場所を表す名詞を伴っている。文全体の意味は「ある場所にあるものがある」という単なる存在文の意味に近い。ただ、「入る」と「植わる」とやや異なり、「建っている」文の語順には、「~ニ」・場所句→「~ガ」という語順がやはり優位ではあるが、「~ガ」→「~ニ」・場所句という語順をとる例も数少ないとは言えない。「~ニ」・場所句→「~ガ」語順が存在文の基本語順と一致しているが、(46)-(48)で示したように、それと違う語順もある。

2.3 まとめ

「入る」「建つ」「植わる」の実例の動向から、「-単一事象」自動詞はテイル形を取りやすいとわかる。これと表裏の関係にあるのは、「-単一事象」自動詞はル形やタ形、またそれ以外のアスペクト形式を取りにくいということを示唆する。

先行研究によると、テイル形は、「動作進行」と「結果残存」という二つの主な意味を持つ。「入る」「建つ」「植わる」のテイル形は、プロセス(進行)を表す副詞と共起できないため、「結果残存」の意味しか持たない。また、進行の局面を持つ動詞は、ル形やタ形を取りやすい。ル形やタ形を取りにくいことは、「建つ」「植わる」類の動詞は進行の局面を持たないことを示唆する。

また、「-単一事象」自動詞のテイル形の文は、存在文に近い性質を持つという特徴が明らかになった。