Causal Relationship
動詞の意味はsemantic frameによって決まるということは先行研究で統一的に認められている。Fillmore(1977)は、「意味はフレームに対応する(Meanings are relativized to frames)」としている。この観点はGoldberg(2010)に取り入れられている。Goldberg(2010)は、「each word sense evokes an established semantic frame.」と指摘している。
動詞のsemantic frameにどのような制約があるのか。Croft(1991)は「causal chain」を提案し、動詞のsemantic frameの制約について、かなり説明力のある解決案を提示している。Croft(1991)は「a possible verb must have a continuous segment of the causal chain in the event ICM[idealized cognitive model, aka frame]as its profile and as its base」と述べ、動詞はsimple events、ないしは、各下位事象が[cause(引き起こし)]の関係にあるcomplex events(complex events which the subevents are causally related)しか表すことができるないと規定している。言い換えれば、Croft(1991)はすべての動詞のsemantic frameは[cause]の関係で綴る下位事象の組み合わせであると規定している。
また、LCS(Lexical Conceptual Structure、「語彙概念構造」と訳されている)という動詞の意味構造の記述の仕方が広く採用されてきた。LCSを用いて、自動詞と交替をなしている他動詞の意味構造を記述する際、CAUSEという関数を用いるのが一般的である。
(1)[x ACT ON y]CAUSE[y BECOME[y BE AT z]]
[x ACT ON y]という節と[y BECOME[y BE AT z]]という節を結びつける関数はCAUSEである。管見の限り、今までの研究では、CAUSEだけが他動詞に関わる関数としてたてられてきた。Croft(1991)の主張とLCSのCAUSEという唯一の関数からみると、従来の先行研究は動詞の各下位事象の間の[-cause]の関係を認めていないとわかる。しかし、詳しく観察すれば、[-cause]の関係はないわけではない。たとえば、Goldberg(2010)がreturnと appealという動詞を挙げ、上記の主張の反論を出している。
(2)
a.Obama and Clinton returned from the campaign trail to vote.
www.opencongress.org/bill/110-h2381/
b.He appealed the verdict.
mercury.websitewelcome.com/4
(Goldberg 2010:6)
「return(帰る)」は、あるところに行くということが前提となっている。どこかへ行かなければ、「帰る」ことは成り立たない。しかし、前件の「行く」は後件の「return」を引き起こさない。前件と後件の間には、[cause]の関係がみられない。「appeal」に関しても同様に考えることができる。このことから、Goldberg(2010)は以下のように述べている。
Croft's (1991) proposed constraint cannot be correct as it stands, since there exist many verbs whose profiled event is not causally related to an event that is part of its background frame.
(Goldberg 2010:5)
本書は、Goldberg(2010)が挙げた例以外にも、多数多量の[-cause]の関係に基づく動詞が存在すると主張する。しかし、この主張を導くために、まず[+cause][-cause]とは何かを明らかにしなければならない。本章の第1-3節では、先行研究を踏まえた上で、[cause]の関係の判断基準を明確に立てる。そして、第4節でこの判断基準を用いて日本語の動詞の実例の動向をチェックする。チェックした結果を先取りに述べると、先行研究が主張した各下位事象の間の[+cause]の関係は確実に存在する。しかし、[+cause]の関係はすべての動詞に当てはまらない。[+cause]の関係が存在するとともに、[-cause]の関係も存在する。[+cause]の関係は多くの先行研究に論じられてきたため、本書はほとんどの先行研究に論じられていない[-cause]の関係に焦点を当てて考察・分析する。そして、[+cause]の関係と[-cause]の関係を合わせて、対応している自動詞と他動詞全般に対する理解を深めていく。