他動詞の意味的構造の全体像の再整理

4.他動詞の意味的構造の全体像の再整理

4.1 再整理

まず、単一事象は行為事象ないし変化事象である。

表3

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可能性1は行為事象であり、可能性2は変化事象である。

可能性1:〈-変化性〉の行為事象に限って単一事象となる。行為事象を表す他動詞には「見る」「待つ」「読む」「感じる」などがある。このうち、「見る、待つ、読む」などは〈意志性〉があるが、「感じる」のように主語に経験者を取る動詞は〈意志性〉を認めにくい。一方、「読む」などは対象への働きかけ性が認められるが、「見る、待つ、感じる」は働きかけ性を認めにくい。行為事象を表し、〈意志性〉はないが働きかけ性をもつ表現は現時点では確かなものは見いだしていない。

可能性2としての変化事象を表す他動詞は、調べた限りでは見いだしていない。

次に、事象を二つもつ他動詞は、各素性の組み合わせの可能性として、以下のように予測することができる。

表4

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事象構造に事象が二つある場合、その一つは変化事象である。したがって、〈変化性〉はいずれの場合でも「○」である。また、もう一つの事象は、変化事象を直接的にもたらす行為事象、ないしは、変化事象に間接的に関与する関与事象である。変化事象を直接的にもたらす行為事象でも責任的関与しているので、責任的関与性においては、いずれの場合でも「○」である。後の〈意志性〉と〈働きかけ性〉の組み合わせで、二つの事象を表す他動詞の意味的構造は、全部で四つの可能性が予測される。

可能性1に当てはまるのは、「群衆が窓ガラスを割る」「太郎は手で封筒の端を切った」「ママは魚を焼く」のような典型的な非対格動詞と対応する他動詞文である。

可能性2に当てはまるのは、「夜を明かす」のような他動詞文である。主体は「夜」に働きかけない。「夜」はそれ自身で「明ける」。

可能性3に当てはまるのは、「思わず皿を落とした」のような他動詞文である。〈意志性〉はないが、変化を直接引き起こしたため、〈働きかけ性〉はある。

可能性4に当てはまるのは、「4000円を失う」のような他動詞文である。「4000円を失う」という例では、〈意志性〉も〈働きかけ性〉もない。

事象構造に事象が三つある場合も、上記の表4と同様に、四つの可能性が予測される。

表5

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しかし、本書の調べた限りでは、三つの事象を含む他動詞文は、「介在性の表現」と「状態変化主体の他動詞文」しか見いだしていない。可能性1に、「介在性の表現」が当てはまり、可能性4に、「状態変化主体の他動詞文」が当てはまる。ただ、「介在性の表現」の「働きかけ性」は完全な「○」の働きかけ性ではないというところで、予測される可能性1と若干違う。可能性2と可能性3に当てはまるものは見つからなかった。

三つの事象を含む他動詞文においては、〈働きかけ性〉は〈意志性〉に依存する可能性があると考えられる。

4.2 自動詞へのあてはめ

以上の素性分析と事象構造分析の組み合わせを用いて、自動詞を分析することもできる。自動詞の事象構造には、通常一つの事象がある。それは行為事象ないしは変化事象である。ただし、日本語の自動詞には、行為事象と変化事象という二つの事象を同時に持つ自動詞が存在する。

一つの事象を持つ自動詞の意味的構造の可能性は、以下のように予測される。

表6

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〈責任的関与性〉は他動詞事象にのみ関わる素性であるので、自動詞を分析する際、〈責任的関与性〉を外す。また、対象を持たないため、〈働きかけ性〉は、いずれもの可能性においても「✕」となる。

可能性1は行為事象である。可能性1としての行為事象は〈+意志性〉であるが、対象を持たないため〈-働きかけ性〉、〈-変化性〉である。この可能性に、「歩く、走る」などの非能格動詞が当てはまる。

可能性2は変化事象である。可能性2としての変化事象は、〈-意志性〉〈-働きかけ性〉である。この可能性に、「割れる」などの非対格動詞が当てはまる。

可能性3に当てはまるのは、「風が吹く」や「雨が降る」のようなものである。〈-意志性〉〈-働きかけ性〉〈-変化性〉という素性を示す。

可能性4に当てはまるのは、「立つ」のようなものである。〈意志性〉もあるし、動作主体自身に「変化」も生じるため、〈+変化性〉が確認される。

そして、二つの事象を事象構造にもつ自動詞文は、「家が建っている」、「木が植わっている」などのようなものが挙げられる。事象構造に二つの事象があるなら、その中の一つは変化事象である。したがって、二つの事象を持つ自動詞は、必ず〈+変化性〉である。二つの事象を持つ自動詞の〈変化性〉を分析する際、〈変化性〉をより細かく分類する必要がある。みずからないしおのずから然る変化(「自立変化」と呼ぶ)と、他動的行為が前提となっている変化(「非自立変化」と呼ぶ)にわけて自動詞の〈変化性〉を扱う。

表7

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可能性1と可能性2は、他動詞になるため、それに当てはまる自動詞はない。可能性3は、単一事象自動詞になるため、それに当てはまる「-単一事象」自動詞はない。可能性4に当てはまるのは「建つ、植わる」のような自動詞である。そして、可能性5は「売れる、煮える」のような自動詞があてはまる。二つの事象を持つ自動詞文の事象分析は、第七章で行うようにする。

注释

〔1〕先行研究によって、〈結果性〉と呼ばれることもある。

〔2〕〈意志性〉に相当する概念である。

〔3〕〈変化性〉に相当する概念である。

〔4〕本書は自他対応をなしている動詞に主眼を置くが、事象構造分析の有効性は無対の動詞まで及ぶと考える。

〔5〕Hopper & Thompson(1980)を参照

〔6〕当実例は筑波大学博士課程5年次の金玉英氏の口述による。