南翔早酒会の思い出
土橋徹
小原庄助さん なんで身上つぶした
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで
それで身上つぶした
ハア モットモダ モットモダ
『会津磐梯山』(福島県民謡)
私が、敬愛する「上海達人教育事務所所長」孫志国先生から初めて南翔早酒会への誘いを受けたとき、この唄が頭の中を回った。しかも時は一月一日、元旦である。一年の最初の日から朝酒とは、どういうことなのか?ほんの少しの疑問を持つとともに、もう一方で少しわくわくしている自分がいた。何しろ、ここは広大な国土と膨大な数の国民を抱える中国である。何があってもおかしくないではないか。私は、期待に胸を膨らませずにはいられない自分がいるのに気付いた。
当日の朝6時半、徐家匯駅から地下鉄に乗り、南翔へと向かう。駅から会場の集美楼老飯店に向かう途中で、道に沿って右側に延々と壁が続いているのに気が付いた。壁の向こうからは、木々の間から鳥の美しい鳴き声が漏れてくる。公園だろうか。それにしては日本人の感覚としては広すぎるような気がする。気にはなったものの、私はそのまま会場へと歩を進めた。
ほどなくして、風情のある街並みや水路が現れ、その先に、人々で賑わう集美楼老飯店の風格ある入り口が見えた。一階では、すでに少々お酒が回っている客たちが話に興じ、笑ったり酒を注ぎ合ったりしている。早酒はこの南翔地域の習慣というのは、本当だった。
どきどきしながら木製の階段を一歩一歩上がっていく。二階では、孫先生と元東京新聞上海支局の助手で上海痴三文化傳媒有限公司の章坤良先生が、笑顔で迎えてくれた。円卓にはさまざまな種類の酒。そして、食べきれないほどの美味しい料理が所狭しと並んでいる。何だか、別世界に来たような不思議な感覚になりながら、南翔民間早酒会の王其興先生や、ほかの参加者とあいさつを交わした。(https://www.daowen.com)
早酒会は、飯塚千景先生の生け花のデモンストレーションで幕を開けた。日本の伝統文化の一つである生け花には様々な流派があるが、千景先生は草月流。ふと気が付くと、日本に残してきた妻が生け花をしている姿を、千景先生に重ねている自分がいた。妻は、華道家元池坊正教授一級の資格を持ち、年に数回は京都の池坊家元に通っている。コロナ禍のためこの先しばらく会えない妻を思うと、ふと目頭が熱くなった。
ここで私は、南翔四宝というものを教えてもらった。まず、繊細なまでに薄い皮に包まれ、熱々の肉汁を楽しむ小籠包。蒸籠の中に整然と並んでいるその芸術的な地元名物は、いくら食べても食べ飽きることのない逸品である。また、我々日本人は滅多に羊肉を食べないが、ここ南翔の「肥羊大面」は、そんな日本人を虜にする美味しさだ。羊肉は臭みがなくほのかな甘みがあり、麺とスープとの相性が抜群である。さらに、羅漢菜も日本にはないが、そのさわやかな香味は、きっと日本料理に使ってもその存在感を示すに違いない。最後に、白酒や紹興酒とはまた違った風味の郁金香酒。長い歴史と様々な効能を有するこの酒は、すでに述べた三つの宝と有機的に体に作用し、健康や長寿をもたらすこと請け合いである。
と、ふいに宴席でざわめきが起こった。書道家の参加者の一人が、全員に直筆の日本式年賀状を贈ったのだ。一人一人の名前が入った、心のこもった贈り物は、先ほど述べた四宝に加え、私にとって南翔の五つ目の宝となった。また別の参加者からは、美しい絵が描かれた掛け軸をいただいた。日本に帰国したら、この六つ目の宝は居間のどこに飾ろうか。考えている間に、宴席では俳句家の参加者が、ほぼ完ぺきなまでに五・七・五のリズムで中国語版の俳句を披露し始めた。なんと居心地のいい空間であろう。気が付くと、時計の針はすでにお昼に近づいていた。
ここで孫先生が、私を含む何人かを外に連れ出した。向かった先は、朝ここに来るときに道沿いにあった広大な庭園、古猗园である。ここは、500年前に造られた名園で、上海で最も古い明代の庭園として有名とのことである。竹林、築山、池などが配された園内では、朝聞こえたのと同じように鳥がさえずり、池では鴨が群れを成して優雅に泳いでいた。途中四阿に立ち寄ると、孫先生が急に何か日本の歌を唄おうと言う。気が付くと、孫先生が歌い始めた「北国の春」に合わせて、自分も手拍子をしながら歌っていた。遠い日本の春を想像し、再び目頭が熱くなった。
地下鉄で帰路につきながら、私は思った。南翔早酒会は、ただ朝早くから酒を飲む集まりではなかった、と。日中が国交を正常化して50周年という記念すべきこの年に、南翔という素晴らしい地で、素晴らしい中国の人々と巡り会えた。そして、私自身、自分が日本人であることに改めて気づかされ、日本や日本文化について見つめ直すいい機会を与えられた。
南翔は、今や私にとって上海の中でも特別な場所となった。上海駐在の任期を終え、日本に帰る日は必ず来るが、日中間の往来が再び可能になったその時には、必ずやまたこの地を訪れ、数々の宝物に再会したいと願っている。
2022年3月18日
土橋徹
1967年東京生まれ。中央大学法学部卒業。群馬県庁入庁後、主に国際や広報の分野に携わり、2021年4月より群馬県上海事務所長に就任。