友好の使者
2026年03月28日
友好の使者
実は「錦江飯店」という名前は、中日友好の歴史の中で特別な意味がある。1972年9月29日の夜、もと周恩来総理は上海錦江ホテルで盛大な国宴を開き、田中角栄首相をはじめとする日本の政経界代表団を招待し、『中日联合声明』の調印式を祝賀した。
我々も東京で「錦江飯店」を開設したのは、利益を上げる目的ではなく、交流の窓口を開設し、中日双方各界の人々に友好交流のプラットフォームを提供することが初心である。できるだけ上海錦江飯店の雰囲気と特色を東京で再現するように、私たちはレストランの多くの場所に、歴史感の強い上海錦江ホテルの古い写真を飾っていた。来客に上海の錦江ホテルに臨む臨場感と親近感を持ってもらうように配慮した。東京赤坂で錦江飯店を営業する五年間、私たちは数え切れないほど日本各界の方々を接待し、お客様からも高い評価を得た。我々もこれをご縁に中日各界でたくさんの友人を作り上げた。特に賞賛に値するのは、私たちは本物の四川料理と優れたサービスによって、中国駐日本国大使館に信頼されて、東京錦江飯店は大使館の重要接待場所の一つにもなっていることである。(https://www.daowen.com)
2002年のサッカーワールドカップで、私たち東京錦江飯店のスタッフ全員がサプライズで招待され、大使館で外交官たちと一緒に試合の実況中継を観戦した。これは私たちにとっては最大の激励と報奨であったろう。