上海歴史散歩の会
(1)上海歴史散歩の会の発足
陳祖恩先生著『上海の日本文化地図』131~132頁に、上海歴史散歩の会の設立経緯が詳しいので下記に一部を引用する。
2000年10月、上海辞書出版社から『日本僑民在上海』という写真集が出版された。この写真集には戦前の上海にいた日本人と関係のある写真が大量に掲載されており、それぞれに中国語のキャプションが付されていた。当時、上海日本人学校の事務局長であった片山泰郎氏はこの写真集を高く評価し、ぜひ自分もこの写真に写る場所を歩き、現在の様子を確かめてみたいと思い、そして日本人なら興味を持つだろうと、Webサイト「上海エクスプローラー」の掲示板に「一緒に虹口地区を歩いてみませんか」と投稿してみた。その結果、2000年11月5日に第1回の上海歴史散歩の会が開催されることになった。参加者は全部で25名であった。
(2)上海歴史散歩の会の運営
初代代表の片山泰郎先生は、2000年11月の第1回から2012年12月16日の第60回までお一人で運営された。2013年3月の第61回「魯迅と内山完造について学ぼう」以降は、事務局メンバーが共同で運営に当たった。第2代代表は戸張多聞さんがされ、その後第3代代表に成田義光さんが就任した。
直近の事務局メンバーを以下に紹介する。
・陳祖恩先生: 上海歴史散歩の会顧問。上海社会科学院歴史研究所特約研究員。専門は中国近現代史、中日関係史。上海在住。
・中村貴先生: 上海歴史散歩の会アドバイザー。華東師範大学専任講師、関西学院大学客員研究員。上海の日本人社会(皆様の日常生活)を研究。上海在住。
・成田義光さん: 上海歴史散歩の会代表。西日本貿易有限公司総経理。2020年12月帰国。
・成田恵美子さん: 成田義光さん夫人。原稿の校正・校閲担当。2020年12月帰国。
・伊藤俊彦さん: 中国語、日本語の翻訳及び通訳。1966年から中国語学習、日中経済関係の仕事に従事、初上海は1968年。2020年1月帰国。
・東修平さん: 上海東華針織機械公司副総経理。大阪にて和風一軒家の民泊を経営中。2017年春期帰国。
・孔怡さん: 東修平さん夫人。上海歴史散歩の会レストラン担当。上海在住。
・馮忠宝さん: 上海人、上海煜書文化伝播有限公司代表、元上海日本人学校職員。古文書、写真、古銭等のコレクター。上海在住。(https://www.daowen.com)
・ 野村浩一さん、入江乃婦子さん、朱元慶さん(上海人)、白暁嬌さん(内モンゴル出身)
・山本和夫(筆者): 上海で退職を迎え、2014年9月から華東師範大学・語言研修生として、40有余年ぶりの学生生活をエンジョイ中。中国語や中国史の深奥さに触れ日々得るところが大きい。2020年1月帰国。
特に事務局メンバーとの下見は、色々なハプニングもあり楽しく和気藹々と行った。メンバーの皆さんとは親しくお付き合いさせて頂き、会社以外の良き友人を得た。
東修平さんは、中国史、上海の歴史に造詣が深くアイデアも豊富なため、主体的に提案書を作成してきた。しかし、2017年春期に東大阪市の実家へ戻ったので、私が代わりに不十分ながら一部の提案書を作った。成田義光さんは中国貿易専門の商社へ入り、大連、北京、上海等の各都市で通算30年余り勤務された。成田夫人の恵美子さんは、下見時に何時もおにぎりを準備下さり、パリッとした浅草海苔を巻いて美味しく頂いた。また成田夫人は事務局メンバーが分担執筆した会報原稿をしっかりと校正・校閲されるので、私らにとって厳格な赤ペン先生であった。伊藤俊彦さんは1970年に大阪外国語大学・中国語学科を卒業後、成田さんとは別の中国貿易専門の商社へ入り、北京駐在を振出しに中国各地で勤務し、2003年から上海で生活をされた。何と半世紀の長きに亘り、中国に住み、中国と関係を保たれた。伊藤さんの中国語のレベルはネイティブ級である。私の発音と声調の不備を、徹底的に指導して頂いた。発音は口の形が重要、二重母音は各々の母音をはっきりと発音する、正しい声調の要領等々を根気よくご指導頂き、目から鱗が落ちる思いであった。お陰様で格段の進歩があり、私の中国語も中国人にかなり理解してもらえるようになった。華東師範大学では教えてもらえなかったことをご指導頂き、大変感謝している。
散歩の会は第94回で幕を閉じた後、事務局メンバーは上海、東京、千葉、大阪、兵庫の5地域に分かれた。東さんのご尽力で、現在も半年に一度のペースで、ズームによる事務局メンバーのミーティングを実施している。近況報告や特定テーマの発表等があり、帰国後の楽しみの一つとなっている。
私がこれまで企画した中で思い入れの強いテーマは、中国近代史における上海・3部シリーズである。中国近代史の時代区分は、アヘン戦争から中華人民共和国の成立までの100有余年である。この期間に清王朝が崩壊、辛亥革命が勃発し、中国史上の大転換期となる激動の時代であった。散歩の会では。第85回「中国近代史における上海 第1部 アヘン戦争と上海租界」、第86回「同第2部 救国と辛亥革命」及び第88回「同第3部中華民国時代の上海」の3部シリーズを実施した。会員の皆さんにも好評であったと多少自負している。私としては個人的にも、印象に残る思い出深い散歩の会であった。
(3)馮忠宝さんとの出会い
我々は馮忠宝さんを、日本語の発音で「ひょうさん」とお呼びした。馮さんは外灘北部の楊樹浦路で生まれ、その地で青年期を過ごした。年齢は私より2~3歳若い60歳代後半である。独学で日本語を学び、少し早口の流暢な日本語を話される。現在は上海四大寺院の一つである龍華寺地区にお住まいである。上海日本人学校職員を早期に退職し、世界各国の切手・古銭・新札等のインターネットビジネスで生計を立てている。日本人の同業者から、印刷番号が縁起の良い SL888888Xである夏目漱石の千円新札を入手したと、自慢気に話されていた。また中国婚書(結婚証明書)のコレクターでもある。1978年に始まった改革開放以前には食料、衣料等の生活必需品が潤沢でなく、買物時には票証、例えば糧票、副食品票、油票、肉票、豆腐票、布票が必要であった。馮さんはこれら各種の票証類も大切に保管しており、このような当時を記念する物を収集する趣味がおありであったと思う。この趣味が高じて、現在のインターネットビジネスを生活の糧としていると推察する。
私は馮さんと気が合い、親しくお付き合いした。馮さんは酒をこよなく愛され、特に白酒がお好きである。散歩の会下見や本番後の食事会では、事務局メンバーと一緒にお酒を飲みながら、歴史談議で盛り上がった。
2016年9月25日の第79回「中国近代工業発祥地『楊樹浦路』編」では、馮さんが主役となり楊樹浦路全体の概要、歴史と主な工場の紹介を非常に詳しく説明された。2017年12月10日の第84回「中国婚書と旧写真から見る中国近現代の百年史」では、昔の珍しい婚書や双喜の飾り物等を例示して、中国近現代の百年史を興味深く説明された。
2017年12月1日、上海テレビ局の人気番組「非常恵生活」に出演し、婚書、双喜の飾り物、婚姻時の記念写真等のお宝物を披露した。馮さんは普段通りの喋り方でご自身の収集品を紹介し、それにまつわる物語を熱く語った。私はテレビ画面中の馮さんに敬意を表し、嬉しい気持ちで拝見した。
2017年10月上旬、馮さんから突然和訳の依頼があった。龍華寺に隣接して上海市龍華烈士陵園が広がり、その園内にユニークなデザインの龍華烈士記念館が在る。この陵園の概説、入園時の注意事項、案内板には、従来中国語と英語の2カ国語の表記しかなかったが、今回日本語が追加されることとなった。馮さんが言われるには、一応翻訳会社へ頼んだが全く日本語になっていないことが分かり、期限も迫っていて少々焦り気味で私へ依頼したとのことである。私は先ず、このような上海の重要歴史的施設・建造物の概説和訳には力不足かと思った。しかし、馮さんは私が中国語を真剣に学んでいることも知っていて、熱心に懇願されるのだと理解して快諾した。芸術関連の言葉、書き言葉(書面語)、専門語等の難しい単語が少なからずあり、辞書を駆使して何とか1週間で仕上げた。正直な所、出来栄えは60~70点だと思うが、少なくとも日本人が読んで理解できる文章にしたつもりである。その後2018年4月1日、馮さんの案内にて龍華烈士記念陵園を見学した。私が和訳したパネルの前に立った時、中国語を学んで良かったなあと心底から思った。このような機会を与えて下さった馮さんに感謝し、またお世話になった上海で、細やかながらお役に立てることができたと嬉しく思っている。
以下に上海市龍華烈士陵園(龍華烈士記念館)の概説の和訳を記す。