1.2 本書が依拠する認知言語学の考え方

1.2 本書が依拠する認知言語学の考え方

本書は、動詞の意味的特徴に応じた分類として、認知言語学の構文意味論に基づいた構文の意味記述を試みる。認知言語学では、語のさまざまな用法を「構文」と捉える。本書においても、“给”をはじめとする動詞のもつ語としての意味を、「構文」の意味として分析していく。

多義の関係は「カテゴリー化」として捉えることができ、「カテゴリーにおける代表的成員」(辻2013:323)である「プロトタイプ(prototype)」とこれからの拡張とみなされる。本書では、第2章で論じる本動詞の“给”構文が“给”を含む各構文のプロトタイプであるとみなし、他の構文をこれからの拡張とみなす。

これらの構文のもつ共通性を「スキーマ」という概念で説明する。「スキーマ」は「同じ事物を指すほかの表示よりも概略的で詳細を省いた記述がされている意味、音韻、もしくは象徴構造」(辻2013:188)であるとされる。本書は、“给”のプロトタイプ(「S+给+NP1+NP2」)がもつ二重他動詞としての性質に着目し、これが“给”構文の拡張においての構文スキーマである可能性を検討する。“给”を含む各構文は、“给”と組み合わせられる動詞に応じ、異なる拡張を経て、ネットワークを構成すると考える。

最後に、“给”をはじめとする動詞の構文の意味記述としては、ラネカー(2011)の概念原型(conceptual archetypes)を用いる。

本書で用いる概念原型は、節(clause)の構成に関わるものであり、「参与者」「ビリヤードボール・モデル(billiard-ball model)」「ステージモデル(stage model)」である。

ラネカー(2011:464)によれば、「参与者」は、「事態を成立させる場所の中で、ある行為や相互作用に参与している存在であり、他の参与者と『相互に作用しあう』という関係を結んでいるモノである」とされる。

この参与者間の相互作用を内在させる概念原型である「ビリヤードボール・モデル」は、「物体が空間を移動したり、力に基づく物理的接触を介して、他の物体に影響を与えたりすることに関わる概念(作用)である。……このモデルを基盤として、さらに、行為連鎖(action chain)に関わる原型的な概念が形成される。行為連鎖は、力による一連の相互作用を意味し、その一つ一つに、ある参与者から次の参与者へというエネルギーの伝達が含まれる」(ラネカー2011:464)とされる。

「ステージモデル」は、「外部世界に存在するすべての事物を一度で目に入れることは不可能であるため、世界を見る場合には、必ず何かに注目し、焦点化していくプロセスが必要となる」(ラネカー2011:465)という概念原型であり、この「注意の焦点」を「プロファイル」と呼ぶ。「ある関係がプロファイルされると、程度も多様な際立ちが、関係性を有する参与者に与えられる。もっとも際立っている参与者はトラジェクター(trajector)と呼ばれ、ある場に位置づけられたり、評価されたり、記述される対象として解釈される。トラジェクターは、プロファイル関係において最も重要な焦点と規定される。ほかの参与者は二番目に際立っている焦点となり、これはランドマーク(landmark)と呼ばれる」(ラネカー2011:91-92)とされる。

つまり、言語構造としての「節」は、概念構造としての、あるセッティングの中の参与者間の相互作用を、プロファイルされた参与者のいずれかに際立ちを与える形でコード化するものであるとみなされる。

ラネカー(2011)では、英語の他動詞構文の二重目的語構文への拡張を次のように説明している。

「創造」「準備」「獲得」の意味をもつ動詞は基本的な用法として、受領者の意味を際立たせないのが一般的である。

(10)a.She made a kite.(創造)

b.She baked a pie.(準備)

c.She got a fancy car.(獲得)

(ラネカー2011:313)

しかし、次のような二重目的語のパターンも容認されている。

(11)a.She made him a kite.(創造)

b.She baked them a pie.(準備)

c.She got you a fancy car.(獲得)

(ラネカー2011:313)

例文(11)が成立する理由として、ラネカー(2011:313)は、「これらの動詞が中心となる二重目的語構文で使用されるのは、当然のことながら、動詞が内在的に譲渡の意味をもっているからではない。……創造、準備、獲得という概念―これらの概念ゆえに目的語が必要となるのである―と、構文スキーマがもたらす受領者への譲渡という概念を結び付けることによって得られる」と解釈している。

ラネカー(2011:314)は図1-1、図1-2、図1-3を用いて説明している。

図1-1

図1-1は、例文(11)のような二重目的語構文が確立する前の段階で、「創造、準備、獲得の意味をもつ動詞が、基本的な二重目的語構文で最初にどのように使用されるかを表している。……破線の矢印は、構文スキーマの動詞とターゲットの表現との間のカテゴリー化の関係を示している」(ラネカー2011:314-315)とされる。

図1-2

図1-3

図1-2は、例文(11)のような動詞が「最初にこの構文で使用される時、融合された意味は―それを誘発するカテゴリー化のように―新しい意味である」(ラネカー2011:315)とされる。このような用法は繰り返して用いられることで、「カテゴリー化の全体的な判断が定着し、ユニットとして確立されて融合された意味を含むようになる」(ラネカー2011:315)とされ、これは図1-3に示し、「拡張された意味」としている。

本書では、中国語の“V给”構文や“给……V”構文を、“给”と他動詞の意味の融合による、上記と同様のカテゴリー化を経ているものとして分析する。“给”は、これらの動詞が作るのが二重目的語構文であるという構文スキーマを提供する。この構文スキーマが成り立たない受動表現や、“把……给V”形式の「処置式」については、動詞“给”のもう一つのプロトタイプからの拡張とみなす。