5.3.1 壁塗り交替

5.3.1 壁塗り交替

岸本(2001)によれば、このような構文交替は、日本語でも観察される。次の例文(26)を見てみよう。

(26)a.ジョンは、壁にペンキを塗った。

b.ジョンは、ペンキで壁を塗った。

(岸本2001:101)

日本語の動詞「塗る」では、場所のプロファイルに関して、DO(ヲ格)と場所(ニ格)との間で交替する。

川野(1997)は、「壁塗り交替」の成立条件について考察を行い、交替可能な動詞は「物の位置変化」と「場所の状態変化」の両方を表す動詞であると指摘する。交替可能な動詞と交替不可能な動詞の区別は、「場所の状態変化」について、「場所」が「物」と完全に結合した状態あるいは、「場所」が「物」と完全に分離した状態になると、交替が可能とする。

川野(1997:33-34)は、「塗る」「巻く」「張る」という三つの動詞を特殊な交替可能な動詞として取り上げ、「ニ・ヲ格」で示す構文は場所名詞の部分的な状態変化が容認できるが、「ヲ・デ格」で示す構文は場所名詞が必ず全体的に状態変化を起こさなければならないということを述べている。[2]

(27)a.壁にペンキを塗る。

b.壁をペンキで塗る。

(28)a.壁に白い壁紙を張る。

b.壁を白い壁紙で張る。

(29)a.腕に包帯を巻く。

b.腕を包帯で巻く。

(川野1997:33)

一方、これ以外の交替可能な動詞はこのような解釈の違いは見られず、常に「全体的」の解釈である(川野1997)と指摘する。

(30)a.グラスに水を満たす。

b.グラスを水で満たす。

(31)a.グラスに水を入れる。

b.*グラスに水で入れる。

岸本(2001:117)によると、英語と異なり、日本語では次の例文(32)と例文(33)に示すように、単独で交替しない動詞が複合動詞という手段を利用し、壁塗り交替が可能になる場合がある。

(32)a.政夫は、壁にポスターをはった。

b.*政夫は、ポスターで壁をはった。

(33)a.政夫は、壁にポスターをはり尽くした。

b.政夫は、壁をポスターではり尽くした。

(岸本2001:117)

また、岸本(2011)は、次の例文(34)と例文(35)に示すように、中国語にも日本語と同様に壁塗り交替は存在すると述べている。

(34)a.ジョンは、赤いペンキを壁に塗った。

b.ジョンは、壁を赤いペンキで塗った。

(35)a.张三{在/给}墙上涂了漆。

張三に/に壁-LOC塗る-完了ペンキ‘張三は壁にペンキを塗った。’

b.张三用漆涂了墙。

張三でペンキ塗る-完了壁‘張三はペンキで壁を塗った。’

(岸本2011:33)

そして、中国語は次の例文(36)と例文(37)に示すように、日本語と同様、「複合動詞」を作ることによって、本来壁塗り交替の不可能な動詞が交替可能になると主張する。

(36)a.张三{给/在}车上装了书。

張三に/に車-LOC積む-完了本

‘張三は車に本を積んだ。’

b.*张三用书装了车。

張三で本積む-完了車

(Lit.)‘張三は本で車を積んだ。’

(37)a.张三{给/在}车上装满了书。

張三に/に車-LOC積む-満たす-完了本

‘張三は車に本をいっぱいに積んだ。’

b.张三用书装满了车。

張三で本積む-満たす-完了車

(Lit.)‘張三は本で車をいっぱいに積んだ。’

(岸本2011:52-53)

確かに、動詞“装”が単独で、そして“给”あるいは“在”を用いるa文だけは成立するが、結果補語の“满”が加わることによって、b文も成り立つようになる。次の例文(38)―(41)も同様に、「全体」を意味する結果補語の“满”や“盖”があると、壁塗り交替が可能となる。

(38)a.张三{给/在}杯子里添了水。

[作例:自然度1.00]

張三はグラスに水を足した。

b.*张三用水添了杯子。

「張三は水でグラスを足した」の意

(39)a.张三{给/在}杯子里添满了水。

[作例:自然度1.00]

張三はグラスに水をいっぱい足した。

b.张三用水添满了杯子。

張三は水でグラスをいっぱい足した。

(40)a.小李{给/在}走廊上铺了地毯。

[作例:自然度1.00]

李さんが廊下に絨毯を敷いた。

b.*小李用地毯铺了走廊。

「李さんが絨毯で廊下を敷いた」の意

(41)a.小李{给/在}走廊上铺盖了地毯。

[作例:自然度1.00]

李さんが廊下に絨毯を敷き詰めた。

b.小李用地毯铺盖了走廊。

李さんが絨毯で廊下を敷き詰めた。

上記の例文(38)―(41)に示すように、中国語も日本語と同様、“给”と“在”を用いるa文は場所名詞の部分的な状態変化が容認できるが、“用”を用いるb文は場所名詞が必ず全体的に状態変化を起こさなければならない。

しかし、同じく場所名詞の部分的な状態変化が容認できる“给”と“在”は相違点があるのであろうか。次節では、場所をDOとして表す“把”構文も含め、場所をIOとする“给……V”構文、場所を介詞句で表現する“在”を用いる構文を比較し、その相違点を明らかにする。