7.1 “给”構文のネットワーク
第2—6章では、本動詞の“给”構文、“V给”構文、“给……V”構文及び受動の意味を示す“给……V”構文を考察した。
本書は、“给”を含む各構文がすべて本動詞の“给”構文から拡張した構文であると考える。プロトタイプの本動詞の“给”構文には、DOとIOをもち、IOの状態変化に認知的な際立ちがあるスキーマと、補語を伴い、IOが背景化され、DOの状態変化に認知的な際立ちがあるスキーマがある。
“V给”構文と“给……V”構文では、本動詞の“给”の二重他動詞としての性質が、構文スキーマとして維持されている。一方、受動表現の“给……V”構文や“把……给”構文、“被……给”については、IOが背景化され、補語を伴う本動詞の“给”構文からの拡張とみなす。
“给”を含む各構文は動詞に応じ、異なる拡張を経て、ネットワークを構成すると主張する。図式化すると次の図7-1のようになる。
本動詞の“给”構文は二重目的語構文を構成し、主語(S)とIO(NP1)が人間であり、DO(NP2)が具体物である(図7-1の①)。構文の示す意味は、主語の直接的な働きかけによって、事物NP2が人間であるNP1が接近可能な領域にはいる。この構文から、NP2の位置変化と、NP1のNP2を所有するという状態変化の両方が見られる。
(1)我给他一本书。
[作例:自然度1.00]
私は彼に本を一冊あげる。
本動詞の“给”から拡張した構文として、NP2が抽象物である構文(図7-1の②)、Sが人間ではない構文(図7-1の③)、NP1が非情物である構文(図7-1の④と⑤)がある。これらの構文は、それぞれメタファーによる意味拡張と思われる。
図7-1
(2)谢谢您给了我一个商业机会。
(《谁认识马云》)
ビジネスチャンスをくださって、ありがとうございました。
(3)这小小的成功给了他更多的信心。
(《世界100位富豪发迹史》)
この小さな成功は彼に多大な自信を与えた。
(4)农夫们给了土地充足的肥料。
[作例:自然度1.00]
農夫たちは土地に十分な肥料をやった。
(5)他的慈爱的母亲在贫苦的生活中给了他的童年许多温暖。
(張2010:620)
慈しみの母が貧しい生活の中で彼の少年時代に温かみをあげた。
プロトタイプの本動詞“给”からの拡張で、結果補語や方向補語を伴う構文がある。このような構文は、IOが現れることができず、DOのみが“给”に後続する(図7-1の⑥)。
(6)7岁时我生了场病,我的肾有问题得吃药。但他们给错了药,我病得更厉害了。
(《我的世界我的梦》)
私は7歳の時病気で、腎臓に問題が出て薬を飲まなければならなかった。でも彼らが薬を間違えてくれたから、私の病気はさらにひどくなった。
また、DOが構文の主語として現れ、“给”の主語が背景化され、本動詞“给”の直後に結果補語のみが続く構文もある(図7-1の⑦)。これはNP2の変化に認知的な際立ちがある構文であり、補語を伴う一種の結果構文である。このような構文は第6章で述べた受動表現のプロトタイプである。
(7)当时想找活儿干的人很多,而工资也给得不高。
(《读者(合订本)》)
当時は仕事を探す人が多くて、給料も高くなかった。
本動詞の“给”構文から拡張した“V给”構文(第4章)と“给……V”構文(第5章)に関して、朱(1979)は、「授与」を表す構文において、「授与」の意味が含意される動詞は“V给”の二重目的語構文をとりうるが、それに対し、動詞自体が「授与」の意味をもたない動詞は“给……V”形式で受け手を表すことができるとする。
第4章で考察した“V给”構文は、動詞の後置目的語を必ず二つもつ二重目的語構文(図7-1の⑧)と、“V给”の前にDO、後にIOをとる構文(図7-1の⑨と⑩)がある。
(8)他卖给我一本书。
[作例:自然度1.00]
彼は私に本を一冊売ってくれた。
(9)希腊神话中的神祇,因把天火偷给人类而受到了宙斯的惩罚。
(《荆棘鸟》)
ギリシアの神話の中の神が天の火を人類に盗んでやった(盗み与えた)ため、ゼウスに罰せられた。
(10)陕西省5年内3.7万户教工迁新居顺义县将最大块“蛋糕”切给教育。
(《人民日报》1995年)
陜西省は5年以内では3.7万世代の教職員に新築に引っ越しさせた。順義県がケーキの最大の分け前を教育に切ってやった(切り与えた)。
前者では、受け手が存在し、しかも本動詞の“给”と同様に、「授与」の意味をもつ二重他動詞と、「受け手が潜在する」が、二重目的語構文が構成できない動詞(“寄”“写”類)に限定される。後者では、「取得動詞」や「動作動詞」のような二重他動詞以外の他動詞が適用できる構文である。いずれも、二重目的語構文を構成している。
“给……V”形式を用いる構文も動詞に応じ、異なる拡張を見せている。大別すると、次の二つに分けられる。
①構文の参与者は同じであるが、“给”を用いる場合には“给”に後続するIOがランドマークとしての認知的な際立ちを与えられ、IOとなる。
②構文の参与者が新たに追加され、この参与者がIOとなる。
このうち、②はさらに、本来の参与者の一つが背景化され、存在は含意されるが、表示されなくなるものとそうでないものとに分けられる。
①に関しては、第5.2節で述べた朱(1979)の「“寄”“写”類動詞」と第5.3節で述べた「使役移動動詞」はこれに当たる。「“寄”“写”類動詞」では、動詞単独では背景化されている授与の受け手は、“给……V”構文でランドマークとして動詞に前置される(図7-1の⑪)。
(11)a.小李写了一封信。
[作例:自然度1.00]
李さんは手紙を一通書いた。
b.小李给小张写了一封信。李さんは張さんに手紙を一通書いた。
[作例:自然度1.00]
「使役移動動詞」は、“给……V”構文を用いると、移動の終点あるいは起点をランドマークとして選択する構文となる(図7-1の⑫)。
(12)a.张三涂了漆。
[作例:自然度1.00]
張三はペンキを塗った。
b.张三给墙涂了漆。
(岸本2011:33)
張三は壁にペンキを塗った。
どちらの構文も移動物と移動の結果として状態が変化する人あるいは場所への働きかけに焦点を当てると見ることができる。
「“寄”“写”類動詞」では、受け手をランドマークとする点で“V给”構文(図7-1の⑧)と共通の意味をもつ。「使役移動動詞」は、“给……V”構文をとる場合、場所の側により大きな際立ちがあり、場所の一部の変化がプロファイルされている。
②に関しては、朱(1979)の述べる“给……V”形式をとる授与構文と、朱(1979)が介詞“给”の構文と見る受益構文を含む。追加される参与者は移動物の受け手(図7-1の⑬⑭⑯⑱⑲)である場合と、受益構文(図7-1の⑳)である。
前者は、単独では移動物の受け手を参与者とはしない動詞である。例えば、図7-1の⑬に示すように、「取得動詞」のような「移動物の起点」を参与者として含意する場合、“给……V”構文を用いると、「移動物の起点」は背景化されてプロファイルされなくなる。
(13)a.他偷了小张一支笔。
[作例:自然度1.00]
彼は張さんからペンを一本盗んだ。
b.他给小李偷了一支笔。
[作例:自然度1.00]
彼は李さんに与えるためにペンを一本盗んだ。
c.*他给小李偷了小张一支笔。*彼は李さんに与えるために張さんからペンを一本盗んだ。
このような意味的特徴は「製作動詞」と「動作動詞」をVとする“给……V”構文(図7-1の⑱と⑲)にも観察される。どちらも“给……V”構文において、状態変化した事物の移動を含めた拡張では移動物の受け手を追加する。
(14)张三给李四烤肉。
[作例:自然度1.00]
張三は李四に渡すためにお肉を焼く。
(15)我给他做了饭。
[作例:自然度1.00]
私は彼に食事を作った。
第5.4節で論じた再帰的用法において、「飲食・感覚類」では、最終的に事物がトラジェクターの側に帰着するという変化があり、「取得動詞」構文と共通の側面を有する。一方、「着脱類」では、トラジェクター自身の身体が事物の位置変化の起点や終点となり、使役移動構文とも見ることができる。「身体部位を対象とする他動詞」では、状態変化するのはトラジェクター自身の身体部位であるが、物の位置移動が見られない点で、「飲食・感覚類」及び「着脱類」と異なる。
“给”が追加され、「脱再帰の“给……V”構文」となると、事物自体の単なる受け手ではなく、状態変化を起こしたり、情報の受け手となったりする参与者が追加されることになる(図7-1の⑭⑮⑯⑰)。
(16)a.母亲吃清淡饮食。
[作例:自然度1.00]
母親があっさりとしたお食事を食べる。
b.我给母亲吃清淡饮食。
(《梁冬对话罗大伦》)
私は母親にあっさりとしたお食事を食べさせる。
(17)a.弟弟穿上了毛衣。
[作例:自然度1.00]
弟はセーターを着た。
b.她给弟弟穿上了毛衣。
[作例:自然度1.00]
彼女は弟にセーターを着せた。
(18)a.小张擦眼睛。
[作例:自然度1.00]
張さんは目を拭く。
b.小李给小张擦眼睛。
[作例:自然度1.00]
李さんは張さんの目を拭いてやった。
もう一つの拡張は、追加される参与者が受益者である構文である。これは、具体物が移動しない場合と、移動する場合がある。
具体物が移動しない場合は、トラジェクターの行為の対象が、ランドマークである受益者の領域のものである(図7-1の⑳)。
(19)我给他开门。
[作例:自然度1.00]
私は彼にドアを開けてあげた。
この場合は、上述の「身体部位を対象とする他動詞」と同様な振る舞いが見られる。「身体部位を対象とする他動詞」も、具体物が人間の体の一部であるため、移動ができない。“给……V”構文となると、その身体部位は“给”に導かれるIOの身体部位となる。
一方、具体物が移動する場合は、例えば、「“卖”類動詞」構文のように動詞単独では移動物の受け手を参与者とするものを含むが、“给……V”構文となると、受益者が追加され、移動物の受け手が背景化され、存在のみ含意される(図7-1の)。
(20)a.他卖了我一个苹果。
[作例:自然度1.00]
彼は私にリンゴを一個売った。
b.他给小李卖苹果。
[作例:自然度1.00]
彼は李さんの代わりにリンゴを売っている。
c.*他给小李卖了我一个苹果。
*彼は李さんの代わりに私にリンゴを一個売った。
また、「“寄”“写”類動詞」構文のように、移動物の受け手が含意されるが、“给……V”構文にのみ現れることができるような場合には、受益者が追加されると、新たに出現した移動物の受け手が再び背景化され、存在が含意されるのみで、構文に現れることができない(図7-1の)。
(21)a.我寄了五本书。
[作例:自然度1.00]
私は本を五冊送った。
b.我给老师寄了五本书。
[作例:自然度1.00]
私は先生に本を五冊送った。
c.我给老师寄了五本书。
[作例:自然度1.00]
私は先生の代わりに本を五冊送ってあげた。
d.*我给老师寄了五本书给小李。
*私は先生の代わりに李さんに本を五冊送った。
このように、「“寄”“写”類動詞」構文は、動詞単独で「移動物」をランドマークとするが、“给……V”構文となると、移動物の受け手をランドマークとする構文と、新しく加わった受益者をランドマークとする構文との二義性が生じる(例文(21)bと例文(21)c)。
「取得動詞」と「製作動詞」のような移動物の受け手を追加できる動詞(図7-1の⑬と⑱)でも、“给……V”構文でさらに受益者を追加して移動物の受け手を背景化する構文(図7-1の)との二義性が生じる。
(22)我给妹妹买了一辆车。
(施1981:33)
a.私は妹に車を一台買った。
b.私は妹の代りに車を一台買ってやった。
(23)我给他做饭。
[作例:自然度1.00]
a.私は彼に食べさせるために食事を作る。
b.私は彼の代わりに食事を作ってやる。
最後に、第6章で分析した“给……V”形式の受動表現は、補語をもつ本動詞の“给”構文と関わりがあって、SとIOの背景化、DOの前景化、それに結果要素をとるような共通性をもつとして、DOが主語となる本動詞の“给”構文から拡張した構文(図7-1の)であると考える。
さらに、“给”は“把”構文や“被”構文に入り、“把……给”構文(図7-1の)及び“被……给”構文(図7-1の)を構成し、この場合も、文末のVP動詞句の示すDOの状態変化を強調する。
(24)稿费给少了。
(《人民日报》1995年)
原稿料が少なかった。
(25)小王给打了。
[作例:自然度1.00]
王さんは殴られた。
(26)我把大门给锁上了!
(《骆驼祥子》)
門は錠をおろしてきたけど。
(27)屋里已被小福子给收拾好。
(《骆驼祥子》)
家の中は、小福子の手ですっかり片づけられていた。
このように、本動詞としての“给”構文を中心として、“给”を他の動詞と組み合わせたさまざまな構文が大きなネットワークを構成している。