6.2 受動表現の成立条件
第6.1節の例文(2)で述べた「状態変化を引き起こす働きかけ」とは、中国語の受動構文一般について、構文論上の条件として、結果補語を動詞に伴うVR構造を強く要求する、という木村・楊(2008)の指摘に対応するものである。
木村・楊(2008:70)によると、VR構造とは「動詞と結果補語が構成する構造であり、動作行為の表すVと、動作行為が対象にもたらす結果的状況を表す非対格動詞(または形容詞)とが結び付いた一種の複合的な動詞句構造」であると概括されている。
コーパスでの受動構文の用例では、木村・楊(2008)の主張するR(Result)の結果的状況は、結果補語に限らず、さまざまな構造で現れる。例えば、次の例文(4)と例文(5)に示すように、結果補語を伴わず、Vにアスペクトの“了”及び“着”が後続するパターンもある。
(4)“我是老百姓,房子都给烧了,还不许家来看看吗?”
(《烈火金刚》)
「私は一般の庶民だ、部屋が焼かれているのに、家に戻って見てみてもだめなの?」
(5)她给一个无形的锁链锁着,而他们像鸟一样自由。
(《穗子物语》)
彼女は無形の鎖がかけられているのに、彼らは鳥のように自由だった。
では、“给……V”構造を用いる受動表現では、どのようなR構造が存在するのであろうか。本節ではまず、この問題を含め、受動表現のVPの構文的特徴を明らかにする。
上述のように、受動構文ではVPの主語であるNP2の出現が任意であるという事実は、“给”の役割を“‘给’引进动作的施事主体(‘给’は動作行為を行う主体を導くこと)”(袁1997:145)とするような分析にとって、問題がはらんでいる。例えば、木村・楊(2008)は、中国語の受動表現の出現を、受益表現に結び付ける分析を行っている。この分析では、受動表現の“给”の後に位置する動作者を、主語である対象の状態変化の「誘発者」であるとみなし、受益表現の中で“给”の後に位置する受益者を、やはり主語が行う行為の「誘発者」と考えることにより、両者の間に構文の拡張が見られるとする。
しかし、受益構文では、主語のSがVPの動作者であるのに対し、“给……V”形式を用いる受動表現では、受動文の主語として“给”の前に位置するNP1は動詞句VPの対象である。また、構文の面でも、受益表現では、Vの直前にVPの主語が現れてはいけないのに対し、受動表現では、VPの主語であるNP2の出現が任意である。また、受益表現では、VPが文末に必須項として目的語をもたなければならないが、受動表現では、VPの後置目的語が原則として現れない、という違いもある。
そこで、本書は“给……V”形式を用いる受動表現の主語NP1がVPとの間で満たしていなければならない構文上の条件について、他の受動表現と比較しながら論じていく。