2.3.1 DOが抽象物である場合

2.3.1 DOが抽象物である場合

次のような用例は、いずれもDOが具体物ではなく、「時間」や「チャンス」「啓発」「感覚」「勇気」「パワー」など、抽象物を示すものである。

(15)因来访的人太多,孙正义只给了每人20分钟时间。

(《谁认识马云》[4]

来訪する人が多いため、孫正義は一人につき20分のみを与えた。

(16)谢谢您给了我一个商业机会。

(《谁认识马云》)

ビジネスチャンスをくださって、ありがとうございました。

(17)何碧辉给了我们这样的感悟和启迪,一个人就是一本书。

(《1994年报刊精选》)

何碧輝は私たちにこのような悟りと啓発をくれた。一人の人間は一冊の本である。

(18)事实证明,父亲永远在那儿保护着我,他给了我充分的安全感,给了我生活的勇气和力量,使我有信心去面对尚是未知数的将来。

(《1994年报刊精选》)

事実が証明した。父は永遠にそこで見守ってくれていて、充分な安全感をくれて、生活への勇気とパワーをくれたので、まだ未知数の未来を直面する自信ができるようになった。

具体的には、例文(15)では、IOの“每人(一人につき)”が、もともと“20分钟(20分)”という時間を支配する権利はない状態から、主語の“孙正义(孫正義)”の直接的な働きかけによって、この時間を支配する権利をもつようになったという状態の変化が観察される。ところが、抽象物である「20分」が主語からIOのところへ移動するという物の位置変化が見られないのは明らかである。例文(16)についても同様な振る舞いが見られる。

一方、例文(17)と例文(18)では、抽象物の“感悟和启迪(悟りと啓発)”や“安全感(安全感)”などがIOである人物の自ら生み出したものであり、主語はその出現のきっかけとなった要因である。間接的な働きかけである点では、例文(15)及び例文(16)と異なるが、IOである人物が「悟りと啓発」や「安全感」がない状態から、そのような感覚が生み出された状態に変化したという点では例文(15)及び例文(16)に似ている。また、「悟りと啓発」や「安全感」が抽象物であるため、主語からIOへ移動するという物の位置変化が見られない点でも例文(15)及び例文(16)に似ている。

次の例文(19)―(22)で、構文のDOに位置しているのは名詞化された形容詞や動詞である。これらの用例も前述のような意味的特徴を有する。

(19)可是我在心里起誓了,让一让二不让三,他再来我就给他个厉害。

(《老上海电影画报续编·联华画报(第六册)》)

でも私は心の中で誓いを立てた。一回目と二回目は譲っても、三回目はもう譲らない。彼がまた来たら痛い目にあわせてやる。

(20)他一天在外,为国事操心,回到家来,你再给他个不痛快,还能怪他发点脾气吗?

(《老舍戏剧》)

彼は一日中外に居て、国の事に心を煩わしているから、家に帰ってあなたの不愉快な言葉を受けたら怒るのがあたりまえだよ。

(21)他想一走了之,躲开他们,给他个不理不睬。

(《蒋子龙》)

彼は逃げておしまいにしようと思った。彼らを離れ、相手にしてやらないことにする。

(22)“是啊!八爷你算对了!我想,我们要是普请亲友,既费饭又费话,因为三姥姥五姨儿专好说不三不四的话;听着呢,真生闷气,不听呢,就是吵子。不如给他个挑选着请!”

(《老舍长篇》)

「そう、八爺、そのとおりだよ。親戚のみんなを招いたら、料理もお喋りもむだだ。三婆ちゃんや五伯母さんがくだらないことばかりを言うから、聞いてあげるとむかむかするが、聞いてあげなかったら、また喧嘩になる。客を選んで招いたほうがいいじゃないか。」

例文(19)と例文(20)では、DOの位置に“厉害”と“不痛快”という形容詞、例文(21)と例文(22)では、“不理不睬”や“挑选着请”という動詞が現れている。このタイプの“给”構文の構文的特徴としては、DOである形容詞や動詞の前に数量詞“(一)个”を伴わなければならないことが指摘できる。このような特徴から、これらの形容詞や動詞は名詞化されていると考えることができる。

また、このような構文の意味的特徴として、例文(19)―(22)のDO“厉害”(形容詞)、“不痛快”(形容詞)、“不理不睬”(動詞)、“挑选着请”(動詞)は、抽象的なものであるため、DOの位置変化が考えられないという点が指摘できる。

ところが、例えば、例文(19)の示す形容詞の場合では、主語の直接的な働きかけによって、IOの“他”は「痛い目にあっていない」状態から「痛い目にあった」状態に変化することが想定される。また、例文(21)の動詞の場合も、主語である話者の直接的な働きかけによって、IOの“他”は「相手にしてくれない」という状態に陥ることが窺える。

以上の分析から分かるように、プロトタイプの本動詞“给”は、DOが具体物であるため、DOの位置変化やIOの状態変化が共に観察される。これに対し、プロトタイプから拡張した“给”構文はDOが抽象物である場合、DOの位置変化が観察できず、IOの状態変化のみが含意されるということである。

(23)DOが抽象物である場合の“给”構文:

S给NP1(IO)NP2(DO)

[人間][人間][抽象物]

意味フレーム:SがIOにDOをもつ状態にさせる。IOは状態変化するが、DOは位置変化しない。