6.5 受動表現の拡張のプロセス
本節では、中国語の“给……V”形式の受動表現を、次のようなDOが主語となる結果構文から拡張した構文として説明することを試みる。
(40)稿费给少了。
(《人民日报》1995年)
原稿料が少なかった。
受動表現の拡張に関して、木村・楊(2008)は、中国語を対象として考察し、“给……V”形式を用いる受動表現の出現を受益表現に結び付けて説明した。その理由は、受動表現の“给”の後に位置する行為者を、主語である対象の状態変化の「誘発者」とし、受益表現の中で“给”の後に位置する受益者を、やはり主語が行う行為の「誘発者」と考えることにより、両者の間に関係があるとするためである。
しかし、既述のように、受益表現では主語のSがVPの行為者であるのに対し、“给……V”構造を用いる受動表現では主語のNP1は動詞句であるVPの対象である。さらに、構文の面でも、受益表現でVの直前にVPの主語が現れてはいけないのに対し、受動表現では行為者の出現が任意とされる。また、受益表現では文末に名詞句のNP2が現れるが、受動表現ではVPの後置目的語が原則として現れない、という違いもある。本書では、“给……V”形式の受動表現は上記の例文(40)のような本動詞の“给”から拡張した構文であると考える。
本動詞の“给”はプロトタイプとして、次の例文(41)に示すように、二重目的語構文を構成し、IOとDOの両方をもつ構文である。
(41)小王给了小李一支圆珠笔。
[作例:自然度1.00]
王さんは李さんにボールペンを一本あげた。
上記のプロトタイプの本動詞の“给”構文を図式化すると、次の図6-1のようになる。
図6-1
プロトタイプの本動詞の“给”構文が示す意味的特徴は、授与者が受取人に具体物を授与することである。この中で、具体物の位置変化と受取人の状態変化の両方が観察できる。
ところが、動詞の後に結果補語を伴う構文では、次の例文(42)aと例文(42)bに示すように、二つの目的語を後置することができなくなる。また、“给”の「反復の制限」のために、例文(42)cに示すように、IOを前置することができない。このため、結果補語を伴う“给”は、次の例文(43)に示すように、IOを欠く構文で現れる。
(42)a.??他给少了我稿费。
「彼は私に原稿料を少なくくれた」の意
b.*他把稿费给少了我。
「彼は原稿料を私に少なくくれた」の意
c.*他给我给少了稿费。
「彼は私に原稿料を少なくくれた」の意
(43)a.他给少了稿费。
彼が原稿料をあげるのは少なくなった。
b.他把稿费给少了。
彼が原稿料をあげるのは少なくなった。
c.他把我的稿费给少了。
彼が私の原稿料をくれるのは少なくなった。
上の例文(43)aと例文(43)bに示すように、授与の対象としてのIOの存在は含意されているが、IOとして顕在化することはできない。顕在化する場合には、例文(43)cに示したように、DOの所有者の形で現れる。この構文では、“给”の直後の位置にあるのは、IOではなく結果補語である。
IOが背景化される(例文(43)a)構文を図式化すると、次の図6-2のようになる。
図6-2
IOが背景化されるこの種の“给”構文は、IOの状態変化は示すことができない。IOが移動物の移動先ともなるので、IOが構文に現れないため、DOの位置変化が見られるが、プロファイルされていない。IOの位置に現れるのはDOの状態変化を示す結果補語であるため、構文がプロファイルしているのはランドマークである具体物の状態変化となる。
そして、例文(43)bでは、“给”のDOに相当する“稿费(原稿料)”が“把”で導かれ、“给”のSである“他(彼)”が主語に立ち、一種の能動文を構成している。
このような“把”構文を図式化すると、次の図6-3のようになる。
図6-3
“把”構文は、「処置」を表す構文であり、構文の示す意味的特徴は、具体物をどのように処置するか、換言すれば、具体物がどのような状態に変化するかをプロファイルする構文である。上の例文(43)bでは、“把”に後続する動詞が、「授与」の意味を示す“给”であるが、“给”の直後に名詞句(IO)が現れていない。この場合に、IOの存在が含意されるが、構文に出現していないため、背景化とされている。
“给”のSも背景化され、前置されたDOも“把”を伴わなければ、上の例文(40)のような結果構文となる。
(44)a.他把稿费给少了。
[例文(43)bを再掲]
彼が原稿料を少なくした。
b.稿费给少了。
[例文(40)を再掲]
原稿料が少なかった。
例文(44)bでは、動作の対象である“稿费(原稿料)”が主語の位置に置かれて前景化され、行為者つまり原稿料を払う人は背景化され、構文に現れない。このような構文を図式化すると、次の図6-4のようになる。
図6-4
このような構文は、行為者のSと受領者のIOが存在するが背景化され、構文に現れていない。構文がプロファイルしているのは主語であるDOの状態変化である。
次の受動表現でも、“给”のSが背景化され、“给”のDOが前景化されることが観察される。
(45)“我是老百姓,房子都给烧了,还不许家来看看吗?”
[例文(4)を再掲]
「私は一般の庶民だ、家が焼かれたというのに、家に戻って見てみてもだめなの?」
例文(45)では、動作の対象である“房子(家)”が主語の位置にきて前景化され、家が誰によって焼かれたのかは注目されず、行為者が背景化されている。このような構文を図式化すると、次の図6-5のようになる。
図6-5
“给……V”形式の受動表現もDOが主語の位置に立ち、前景化とされる。そして、行為者であるSが常に構文に現れないため、背景化とされる。ただし、受領者であるIOに関して、「DOが主語となる本動詞の“给”構文」では、IOが構文に現れないが、IOの存在がまだ観察できる。一方、「“给……V”形式の受動表現」では、IOの存在が希薄であり、背景化されている。その代わりに、構文がプロファイルしているのは、DOの状態変化のみである。
このSの背景化、DOの前景化を契機として、VR構文を用いる本動詞“给”が受動表現の“给”へと拡張するところに、“给”の受動用法が成立すると考えられる。
“给”の役割に関しては、“给”が顕在化していることにより、VR構造をもつVP全体を補語とし、DOである受動構文の主語が、働きかけの対象として、変化する結果となる。いわば、結果状態の示すVPは“给”の直後に位置することによって、“给”の「動作の結果の突出」の効果が生じるのである。
“把”構文や“被”構文も構文の成立条件として、一般的には文末にVR構造をもつVP動詞句が必要とされる。“给”はこのような“把”構文や、“被”構文に入り、“把……给”構文及び“被……给”構文を構成する。これらの構文でも“给……V”形式の受動表現と同様、文末のVPを“给”の結果補語と解釈することができる。
(46)我把大门给锁上了!
(《骆驼祥子》)
門は錠をおろしてきたけど。
(47)屋里已被小福子给收拾好。
(《骆驼祥子》)
家の中は、小福子の手ですっかり片づけられていた。
図6-6
“给”の役割は、VPの直前に現れることで、“给……V”構造を用いる受動表現と同じく、前置目的語や受動表現の主語が、補語としての働きかけの対象として帰着する結果により、VPと結び付き、「動作の結果」を突出する役割を示している。このような構文を図式化すると、次の図6-6のようになる。“把……给”構文は、一種の能動文である。この構文の主語に立つのは行為者である。構文の示す意味的特徴は、トラジェクターである行為者が具体物に働きかけ、具体物を状態変化させることである。これに対し、“被……给”構文は受動表現であり、構文の主語は被動作主のDOである。構文の示す意味的特徴は、トラジェクターの被動作主は、ランドマークの行為者の働きかけを受けて状態変化することである。