関連対談

関連対談

日本経済のデフレ解決の手段について

飯尾:デフレを根治するにはどうすればよろしいのでしょうか。

深尾:深刻なデフレを止める方法というのは非常に難しいです。幾つかのやり方があって、それは症状の深さによりますが、需給ギャップが小さければ、公共投資の拡大とか、減税で効くわけです。需要を増やすだけのことです。しかし大きな需給ギャップがある限りはデフレは止まらないし、むしろ徐々に加速する方向にあるわけです。既にインフレ率がマイナスになって、金利がゼロになってしまったので、ここで金融政策を効かせるというのは非常に難しいわけです。

金利はこれ以上下がらないので、短期国債を買って現金を供給しても効果はない。短期国債と現金というのは両とも、ゼロ金利の政府の債務みたいなものです。したがって、短期国債のオペは効果はありません。長期国債も、ここまで金利が下がると効果はないと思います。既に非常に低い状況にありますので、これ以上下がるとは考えにくい。

財政サイドは、私は効果がゼロだとは思いませんが、公共投資をやった場合でも、ケインズ乗数はせいぜい1.4から1.5ぐらい。用地買収の費用を引いて、乗数を掛けるとだいたいこんなものです。そうすると、ギャップが6%としますと30兆円の財政支出を現状から20兆円増やして、そこで少なくとも横ばいにする。そして、その水準を維持していく必要があります。これは無理だし、むしろ財政の破綻のリスクを高める。減税サイドからいいますと、ケインズ乗数は大体1弱ぐらいのものです。ですから、今30兆円のギャップを減税しようと思うと、30兆円の減税を出さないといけません。所得税と法人税を全廃しても足りないぐらいです。つまり、減税あるいは公共投資も無理だという状況です。これをまず認識する必要があります。

飯尾:効果はあるかもしれないけれども、十分な効果を発揮するだけの物量がなくて、物理的に無理だということですね。では、伝統的な手段はいずれも無理な状況で、非伝統的手段というものは考えられるわけですか。

深尾:考えられると思います。そのためには現状の認識をまず考える必要があって、私は現在の日本の状況はマイナスのバブルだと認識しています。

このバブルというのはどういう意味かというと、不動産や株式などの実物資産が売られて、現金、預金、国債に資金がシフトするタイプのバブルです。なぜこれがバブルかといいますと、国債、預金、現金を持つ理由は、政府の信用があるとみんなが思っているからですが、政府の信用はどんどん悪化しています。したがって、サスティナブル(持続可能)でないため、これはバブルです。

政府の信用がなくなってきているにもかかわらず、安心しきってたくさん買っているということです。政府の負債はどんどん拡大しているけれども、全部国内で吸収されているというのは、まさにバブルでしょう。

飯尾:では、バブルの崩壊ということはあり得るわけですか。

深尾:それは、その逆に行くということで、日本政府の保証している金融政策からそれ以外のもの、外貨、不動産といったものにシフトするということです。

飯尾:それは通貨の信任が一挙に失われるということですね。

深尾:はい。ですから、現状のデフレを放置することは、日本政府の信用の失墜を放置するということです。

飯尾:信任が失われるということは、いずれは逆のほうに振れると、またハイパーインフレと言われるのはそういう事態なわけですか。

深尾:相当高率のインフレになる可能性があると思っています。

飯尾:バブルが崩壊した瞬間にそれが起こり得るということですか。

深尾:多分、瞬間には起こらないと思います。なぜなら、物価はそんなに簡単には上がりません。資産価格や為替は動きますが、一般物価や賃金はそんなに早くは動きません。しかし2年ぐらいをかければ、数十パーセントのインフレになる可能性はあります。そして、それは止められないでしょう。その理由は、財政の資金繰りが火の車になってしまうためです。負債GDP比率が非常に高くなって、かつ短期の負債が多くなった状態でインフレになると、それを止めるためには金利を物価上昇率以上に上げる必要があります。それをすると、利払い負担が一気にはね上がります。

私もシミュレーションしましたが、仮に物価がプラスになって金利を5%まで上げざるを得なくなったとすると、その段階で政府のグロス債務GDP比率が200%を超えているという状態を想定すると、すぐには金利負担は上がりませんが、2年ぐらいの間にGDP比で10%ぐらいの利払い負担の増加になる可能性があります。これは郵貯の赤字を含むものです。郵貯の方は運用は平均で4年ぐらいでやっていますが、貯金はすぐに預けかえが可能ですから、金利が3%~4%上がれば大挙して預けかえられます。そうしますと、その赤字を全部カウントすれば、利払い負担の増加分、つまり今から比べた増加分が、現在のGDPに直せば50兆円近い利払い増加になる可能性があります。

国税を全部入れても、利払いの増加に対応できないという状況になると、サラ金状態ということになります。そして、それは格付の大幅な下落と金利のさらなる上昇を招きます。実際ブラジルあたりですと、政府債務の実質金利が10%近いものになっています。こうなると、政府は、プライマリーバランスをそれこそ5%くらいの黒字にしないとやっていけなくなります。

飯尾:そうすると、政府の規模を急速に縮小するしかない。

深尾:まあ縮小しなくても、増税すればいいのですが。規模縮小を1年や2年でできるわけがないので、消費税を4倍ぐらいにすれば5%あたり12.5兆円の増税ですから、まあ安定させられると思います。何とか景気がある程度よくなればですね。しかし、急激な増税による安定化をしないと、日本政府に対する信用不安を招く可能性があります。

飯尾:信用不安が起こったときにはどうなりますか。デフォルトというのはあり得るのでしょうか。

深尾:あり得ると思います。

飯尾:しかし、デフォルトというのは、ほとんどは国内の債権者なので、国内の徳政令のような雰囲気になってしまうわけですか。

深尾:どうなるか私にも見通しがつきませんが、日銀に頼んで国債を引き受けてもらって現金を発行してもらえばデフォルトにはなりません。インフレになるだけです。

飯尾:お話を戻しまして、現在のデフレを止める方法はあるのでしょうか。

深尾:デフレの現状認識を、と言ったのは、政策を説明するために、現状をどう考えるかということが重要だからです。バブルを止めればいいわけですから、2通りのやり方があります。みんなが大量に買っているものを大量に供給してやって、みんなが売っているものを買ってしまうというのが1つのやり方です。

飯尾:これは通貨を出すということですね。

深尾:はい。日銀がハイパワードマネーを大量に供給して、優良な株式と不動産を大量に買い入れる。

飯尾:どうして国債ではなくて優良な株式や不動産を買わないといけないのでしょうか。

深尾:日銀が国債を大量に引き受けて、政府がヘリコプターマネーで現金をまけばインフレになります。そしてそれによって国に負担は生じないという人もいますが、それは間違いです。たとえば、日銀が銀行券をとにかく刷って、みんなに100万円ずつ配る。これは負担ではないという人がいます。銀行券を忘れてしまえばいいと。しかし、これは明らかな誤りです。どうしてかといえば、現金が世の中ですべて回されるわけはなくて、預金されてしまいます。使われてから預金に回るか、あるいは単に貯蓄に回る。預金が130兆円増えて、日銀の当座預金が百何十兆円増えます。

政府は国債を130兆円出して、日銀が買って現金を政府に130兆円渡して、ばらまく。これをやった場合に、初めは現金が増えますが、しばらくたてば日銀当座預金が増えて、日銀のバランスシートには国債が残ります。政府の債務は130兆円増える格好になります。ヘリコプターマネーというのは結局、減税しているのと一緒なんです。減税を大量にやれば、ある程度の景気拡大効果はありますが、財政を破綻させるというわけです。

量的緩和をやったり、あるいはヘリコプターマネーをやって日銀当座預金を大量に増やしたりということは、デフレが続いている間は負担にはなりません。しかし、物価の上昇が始まった段階で金利を引き上げようとすると、日銀が過剰な預金や日銀当座預金を全部回収する必要があります。日銀当座預金残高を4~5兆円まで減らす必要があるでしょう。そのためには、日銀は買った国債を大量に売り払う。日銀は損をしながら売るのでしょうが、百数十兆円売り払うという必要が生じます。

仮に政府が国債を発行しないで、単に財務省が政府紙幣を印刷した場合には何が起こるかといえば、それが存在する限り、日銀のベースマネーは増えたままですから、金利は上げられません。したがって、日銀自身が現金を回収するために、借用証書を発行する格好になりますが、日銀売り出し手形を発行して現金を全部回収する必要があります。それをしますと、金利がつくもので回収せざるを得なくなり、かつ、日銀は大幅な債務超過に陥ります。

いずれにせよ、日銀と政府を統合して考えれば、政府・日銀のバランスシートは130兆円分悪化します。利払い負担も、金利がプラスになった段階で発生します。ですから銀行券を発行すれば負担にならないというのは真っ赤なうそです。この点は強調しておきたい。

飯尾:しばしば言われているように、ハイパーインフレになるからよくないのではなくて、そもそも効果がない上に非常に大きなコストがかかるということですか。

深尾:効果がないとは言っていません。ヘリコプターマネーには減税並みの効果はあります。しかし、政府に対して大きなコストがかかります。

そこで、バブルの対象である現預金を供給してやって、日銀当座預金を供給して、同時にみんなが売っている株や不動産を買う。これによって期待を変化させるということです。現金には何の価値もないんですよ、ということを思い知ってもらう必要があるわけです。現金というのは単なるきれいに刷った紙です。これの価値がどんどん上がって困っているわけだから、そんなに欲しいのであれば、価値が下がるまでいくらでも供給しましょうといって供給するわけです。

飯尾:ヘリコプターマネーと違うのは、優良な土地や株式を買っているので、先ほどの日銀のバランスシートは痛まないと予想されるわけですか。

深尾:デフレから脱出できれば、株価や地価はリバウンドします。現在の株価や地価は、将来の賃貸料や収益が下がっていくという見通しを織り込んだ上で決まっている水準です。これがゼロなりプラスになれば、それの現在価値分だけリバウンドしますから、日銀はもうかります。ですから日銀が言う、国債は安全だけれども株式は危険であるというのは、現状では嘘です。

デフレから脱出できないという見通しのもとであればそのとおりですが、デフレから出る気があるのであれば、国債の買オペは極めて危険です。