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福田:経済のグローバル化の進展に伴って、日本経済が規制緩和をはじめとする構造改革の波に晒される中、企業サイドではいわゆる「日本的経営」の妥当性やコーポレート・ガバナンスのあり方を問い直す動きがみられています。そこで本日は、英国でお生まれになり、フォード入社後はヨーロッパ、アメリカ、ベネズエラなどを経て、現在は日本のマツダの社長でいらっしゃるという、世界各国を股に掛けて仕事をしてこられたウォレスさんに、彼我の企業文化の違いや、そうした違いを踏まえて今後日本の企業はどうあるべきか、といった点についてお伺いしたいと思います。
ウォレスさんは日本に来られる前に、日本の企業文化や企業経営については、欧米とは違うだろうとの認識がおありだったと思うのですが、実際に日本に来られて如何だったでしょうか。
企業経営に求められるグローバルな視点
ウォレス:確かに日本の企業文化と欧米の企業文化はかなり違うと感じました。つまり、日本の社会では、人間関係が非常に大切にされ、集団の要求が個人の要求に優先し、調和が重んじられます。この点はヨーロッパとも違いますが、個人の権利が憲法の中に定められるなど非常に個人主義的な国であるアメリカとは特に際立った違いになっています。アメリカでも人間関係が重視される面はありますが、それは人間関係そのものを指向するというより、むしろ取引関係を指向する傾向として表われています。
福田:日本の企業経営においては、そういう人間関係を基盤に労働慣行として終身雇用制度や年功序列制度が基本にありますし、意思決定にしても、ボトムアップで下から時間をかけて決定するといったようなところに特徴がありました。
バブルがはじける前の1980年代前半の時期には、こうした日本的経営が高く評価されたことがありましたが、今ではそうした日本的な経営のやり方や慣行がむしろ日本経済にとって大きなマイナスではないかといった全く逆の評価が下されるようになってきています。ウォレスさんの目からみて、こういう日本的経営や企業文化にはやはり問題あり、という感じでしょうか。
ウォレス:日本的経営の善し悪し以前の問題として、私は、世界の多くの主要産業において、グローバリゼーションという観点を、経営を進めるうえで最も重視しなくてはならなくなっているという事実に注目すべきと考えています。
つまり、日本経済は、戦後長い間、庇護・管理された中で経済再建の時期を過ごしてきました。しかし、遂に日本経済があまりにも大きな存在となり、また、質的にも世界のトップレベルに達するようになると、日本企業ももはや世界から隔離された存在ではあり得なくなりました。
そういう中で、欧米の企業は自分達の将来にとって一番良い経営のやり方は何か見直さざるを得なくなり、その一つの方法として、当時、世界に通用するようになった日本企業の持っている強い面を何とか取り入れようと努力しました。その一例が、80年代に明らかに日本に対して遅れをとった欧米の自動車業界が、日本企業の人事制度をはじめ、企業経営の強みはどこにあるのかをつぶさに調査・観察し、その結果、コンセンサス作り、チームワーク、QCサークル等を自分達の経営に取り込もうとしたことです。
福田:逆のことが今の日本の企業に当てはまるということですね。
ウォレス:そのとおりです。今の日本の企業には、今日のグローバルな環境と相容れない経営の構造あるいは人事制度が内包されています。そこで、欧米の企業の持っている長所を、単なる模倣ではなく、グローバルな環境に立ち向かうためには何が必要か、といった観点から取り入れることを検討する時期にあるということだと思います。
福田:グローバルな観点ということになると、日本市場の閉鎖性といった点も問題になってくると思います。特に自動車産業においては、「系列」という言葉に象徴的に表われていますが、米国から日本の市場の閉鎖性について強い問題提起を受けました。その後、系列の問題も含めて、市場の開放性の確保に相当努力してきたと思いますが、ウォレスさんはこの点、どうお考えでしょうか……。
ウォレス:そもそも世界のどこをみても完全にオープンな市場というのはあり得ないと思います。またどの国の自動車メーカーであれ、はっきりと系列とは分からないにしても、それなりに自社と密接な取引関係を持つ部品メーカー群を持っているものです。ですから、市場の開放性というのは程度の問題であって、白黒をはっきりつけられるようなものではないと思います。
ただ、そうした程度の問題としてみても、日本の市場はやはり他の市場と比べ、明らかに閉鎖的だと言えるでしょう。それに、日本が人間関係を重視する要素が強い社会であることが、閉鎖的な状態を一層悪化させ、海外のフラストレーションを招いてしまっているのではないかと思います。日本市場へ参入するものにとっては、価格や品質、さらには商品の信頼性という面で十分な競争力を持ったとしても、なおかつ販売、顧客サービスなどを含む広い意味での人間関係という、どうしても乗り越えられない要素が存在するということなのです。
福田:最近も円安傾向のもとで自動車の輸出が増え始めており、日本市場の閉鎖性が再び話題になりつつありますが、日米の自動車摩擦が話題になり始めると、ウォレス社長ご自身としてはハムレットのような心境になられるのではないかと思うんですが……(笑)。
ウォレス:私が日米貿易摩擦についてどう考えるのか、多くの人が興味を持つようですが、そういう場合「私はイギリス人だから関りはない」と言って逃げています(笑)。
私個人としては、あくまで世界は自由貿易を目指すべきだと信じています。自由貿易の実現により、世界全体としてより高い経済成長が達成できるのです。どうやって貿易を規制するのかというのではなく、如何にして障壁をなくすか、如何にして社会的偏見をなくすか、あるいは官僚制をなくして本当の意味の公平な競争ができるような状況を如何にして作り出していくのかが議論されるべきだと思います。無論、そうした理想論だけで物事が簡単に運ぶとは思っていません。障壁は引き続き存在するでしょうし、系列に対する意識もそう急には変わらないでしょう。しかし度々起こってくるこうした貿易摩擦の問題が、せめて規制緩和を推進するための一つの材料としての役割を果たしてくれればよいと思っています。
福田:外圧を契機としてでも、規制緩和が進み、より効率的な社会が実現することが望ましいということですね。
日本企業は隠す体質を改めることが必要
福田:ところで、日本では企業の様々な不祥事件をきっかけに、企業経営のあり方、例えば、経営者と株主とは本来どうあるべきかといった問題が議論されるようになってきています。
この点、ウォレスさんは先般、社長としてマツダの株主総会を初めて経験されたわけですが、他国での同様の経験も踏まえてどのような印象をお持ちになりましたか。
ウォレス:そもそも、理想的な株主総会が実施されている国がそんなにたくさんあるものではありません。ヨーロッパの総会も、必ずしも株主にとって有益な情報を与えてくれるようなものではありません。ただ、欧米では大株主にはファンド・マネジメント会社が多いということで、配当を増やす方向で経営者にプレッシャーを掛けるといった形でコーポレート・ガバナンスを実現しようとの傾向があります。特にアメリカではさらにオープンで、環境問題や倫理問題について提起するなどの場面がみられます。
福田:日本で総会屋に付け込まれるスキを与えてしまったり、株主総会がこういう状況になってしまっているのは、どこに原因があるとウォレスさんは考えられますか。
ウォレス:まず第一には、日本の企業は欧米各国の企業と比べ、提供する情報の量や情報の透明性といった面で、かなり落ちるということが言えますね。第二には、日本の社会の傾向として、問題をオープンに出して話し合って解決するというより、皆一致団結して抑え込んでしまうといった秘密主義的な傾向があります。そして、もう一点、私がみる限り、日本社会では何か問題が起こった時の個人への世間の糾弾があまりにも激し過ぎるということもあるかもしれません。
福田:マツダではウォレス社長が就任されてから、いわゆる米国流の経営がいろいろな形で導入されていると聞いております。例えば、会議において根回しを排除するとか、職員のプロモーションの面で、わりあいと早い段階から将来の幹部候補生をある程度選別するというようなことも伝えられています。ウォレス社長ご自身、やはり相当意識して米国流の経営を導入していこうとのお気持ちで取り組んでおられるのでしょうか。
ウォレス:確かに、西洋的あるいは国際的な慣行で一番良いものは何か、そしてそれをどうやって会社の中に導入するかということを日々考えています。しかし、単に西洋的なものであればよいということではなく、あくまでも21世紀において、我々がグローバルに活動するために効果的なものは何か、という観点で物事を見ております。
人事面で特に重視しているのは、早い時期にリーダーシップをとれるような人材を育成しなければならないということです。非常に不安定な世の中においては、単にコンセンサスさえ作ればいいというものではありません。リーダーシップとコンセンサス作り両方の能力を合わせ持つ人材が必要なのです。
福田:実際にそういう理念に基づいて取り入れたものは、マツダにおいて当初期待したような形でうまく定着しつつあるのでしょうか。
ウォレス:まだそういう判断をするには少し早いと思います。特に、人事面では、私の意図する改革が全社に浸透するのには一世代くらいはかかるのではないかと思います。こういう改革には、焦らず、腹を据えて取り組む必要があります。最初は変革が起こるということ自体に不安を感じる人がいるでしょう。そのうち、そうは言っても、実際にはあまり変わらないのではないか、という安心感が徐々に出てきます。そしてさらなるステップを踏んで漸く改革が現実のものになる、ぐらいに考えておいた方が良いでしょう。
混乱があっても改革を
福田:グローバル化によって、日本企業が経営の見直しを迫られると同時に、政府サイドでも規制緩和をはじめとする構造改革を推進しようとしています。日本の金融システムについても、日本版ビッグバンを一つの契機として、これから大きく変わろうとしていますが、この辺りについてはどのようにお考えでしょうか。
ウォレス:これまで日本の金融機関は、他の産業と比較しても非常に庇護され、管理されてきたと思います。そうした管理された緩やかな競争の下で、日本の金融業は、勢い国際的な競争力が劣り、それによる非効率な経営のつけを顧客が負担する事態になっていました。ですから、ビックバン、すなわち金融改革について、私は大歓迎です。まだまだ、世界に追い付くには道程が長いと思いますが、これからどんどん早く進むことを期待しています。
福田:ただ、今の日本の金融業の抱えている最大の問題は、金融システム自体が未だ健全性を取り戻していない中にあって、改革を進めていかなくてはならないということです。そういう中で混乱が生じないか、心配する声もあります。
ウォレス:私は混乱は起きると思います。しかし、混乱が起きても前に進めるべきだと思います。放っておけばおくほど、倦怠が蔓延し、今の状態で満足してしまうということになりかねません。
これからは、政府が今までのように保護してくれなくなるわけですから、銀行は、貸付のポートフォリオについて自ら責任を負わなくてはならなくなります。その結果、これまでのように長年の取引関係によって判断するのではなく、企業の信用リスクを見極めながら貸付を行うようになりますから、企業の側もしっかりしなければなりません。
しかし、そうしたことを進めることによって、銀行も、年金も、日本の企業もいずれも健全になるわけですから、日本がより堅固な経済を作ろうと思えば、今チャンスがあるときに、そうした改革をしなければならないと思います。
福田:本日は、ご自身のご体験を踏まえた、大変興味深いお話を頂きまして、誠にありがとうございました。