その一中国ビジネスの進展とグローバルキャリア
躍進する中国市場。一頃は「世界の工場」としての呼び名が高かったが、現在はすでに松下電器産業をはじめとするグローバルカンパニーがこぞって攻略を試みる「世界の市場」として発展を続けている。最終回となる対談3回目では、中国ビジネスの今と、グローバルなキャリア競争時代について語り合った。
萬田:松下電器産業は、現在積極的に海外戦略を進めていて、「成長エンジン」と位置づけています。特に中国ビジネスに関しては、今年中に中国での生産を1兆円に、2006年には中国国内販売で1兆円を目指す「1兆円プロジェクト」を実施しています。私が10年前に松下電器の中国での人材センター立ち上げを手がけたときとは、だいぶ中国ビジネスの捉え方、重要性が変わってきたなという印象です。
弘兼:そうでしょうね。一般的な見解ですが、確実に中国は「世界の工場」から「世界の市場」へと変化しています。島耕作は取締役時代から中国ビジネスを担当するようになりましたが、取材のために訪れた上海で最初に感じたのは絶望感です。「これで日本は本当に勝てるのか」と(笑)。
萬田:当初、日本企業は安い労働力を求めて中国に進出しました。しかし、いまは松下電器の「1兆円プロジェクト」のように、高付加価値製品を展開したり、販売網を拡充するなどして、7000万人と呼ばれる富裕層をターゲットにグローバルカンパニーがしのぎを削っている状態です。弘兼:中国市場にはもの凄いポテンシャルがあることが分かりきっていますからね。13億人という人口的背景もそうですが、まだ富を得ているのが一部の人間だけで、これが膨らんでいく可能性がある。カラーテレビも冷蔵庫もない家がまだまだたくさんあり、2台目や3台目の買換え需要が中心の日本市場とは大きな違いがあります。
萬田:いまの中国は2008年に北京オリンピックがあるので、かつて東京オリンピック景気に沸いた日本に例えられますね。経済の中心である上海では、新築のビルやマンションがぼこぼこ建ち、すでに都市部と農村部の所得格差が6倍という数字もでてきています。
弘兼:一方で、私はいまの中国景気はバブルだと思います。上海にしたって、投資用マンションにはかなりの売れ残りが発生しているみたいですし、摩天楼も電力不足の影響か、暗い。一度破綻する日が来るんでしょうね。また、一人っ子政策の弊害か、現状の富裕層の次の世代には「ただのお坊ちゃん」が少なくない(笑)。一部の優秀な人材の影に、ダメな連中もいるんです。それと、これから20年後くらいに中国は深刻な「超高齢化社会」を迎えます。日本はすでに高齢化社会なので、ここでノウハウやビジネスを開発していけば、中国市場を席巻できる可能性があると思いますね。
萬田:いまは臥薪嘗胆の時期ということですね。
弘兼:そうです。
萬田:今後、日本企業が巻き返しを図るにしても、我々若い世代が頑張らねばと思いますが、一方で中国人の仕事へのモチベーションの高さには驚かされますね。たとえば、組立工場などで働く労働者などは、1個作るといくらという単純な賃金設定なので、製造ラインの前の人がミスをするとものすごい勢いで怒る。ミスを看過しない風土があるので、意外にも品質が非常に高いモノができあがる。ホワイトカラーにも同じことが言えて、お金に対する執着もそうですが、その先にある物欲の方が如実に現れている気がします。戦後日本はこんな感じだったのかなと思いますね。
弘兼:そうそう、よく言いますね。いまの中国は働くモチベーションが日本の戦後に似ていると。つまり、彼らはこれまで共産主義社会にどっぷり漬かっていて、働こうが働くまいが賃金は同じ。働くことよりむしろサボることを覚えてしまった民族だったんです。でもそれが一変して、働いたらその分お金が帰ってくるとなったら、そりゃ必死に働きますよ(笑)。
中国で苦戦する日本メーカーも今後は「採用の現地化」が課題に
萬田:『島耕作』シリーズでも、富を得た現地人の部長が「家を買え、車を買え。お前ら俺を見習え」という場面がありますね。まさしくその状態なんです。ある携帯端末メーカーは、世界中どの現地法人もマネジメント層はすべて本国と同じ給与水準を設定している。だから、中国の現地人が出世すれば、それこそ億万長者になれる。モチベーション上がりますよね。
弘兼:それに比べて、日本企業は中国で就職先として人気がないですね。原因は欧米以上に発達した個人主義。多くの人の働くモチベーションが、自分の金銭的・物的欲求を満たすことにある中国では、日本式の人事制度が嫌われるようです。実際、2004年の中国大学生人気企業ランキングなどを見ても、トップは成功している中国企業や欧米企業で、日本企業は26位のソニーが最高、松下電器は46位です。最近は格差がつくように人事制度も変えているようです。が、それでもA君、B君で2倍の能力差があっても、給料は2倍にはならない。
萬田:それは頭が痛い問題ですが、やはり良い人材には他の企業より高い給料を提示します。いまは現地で作って現地で売る時代ですから、日本のメーカーも「採用の現地化」が重要戦略になっています。
弘兼:現地で売るわけですから、開発も現地の中国人が担当した方が良い場合もあるみたいですね。そういう意味で、これからは中国人の活用が問われる時代ですね。
萬田:そうですね。このまま行くと「中国人の活用」などと、呑気なことを言っていられない不安もあります。松下電器のようなグローバルカンパニーではすでに「国籍を問わず」採用を進めていますが、今後はこの流れがさらに加速して、人材採用において「日本人だから」というアドバンテージは少なくなると思います。
弘兼:そう考えると中国人は強敵ですね。単純計算でも日本と中国の人口比は1:10で、頭の良い人が10倍はいます。その中に、米国留学から帰った「ウミガメ族」もいる。また、日本では理系の能力が落ちていますが、中国は数学オリンピックでここ10年間7回も金メダルを取っている。彼らが非常に高いモチベーションで仕事に取り組んでいるわけですから、日本のビジネスマンも安穏としてはいられない。
日本人ビジネスマンは「グローバル基準」で働く時代になる
萬田:以前、シンガポールにも赴任したことがありますが、彼らの発想は、良い人材には徹底してお金をかけて育てるというもの。エリートを戦略的に育てているのです。一方、日本は平均的に頭がいいけど、飛びぬけた人材はいないというのが現状だと思います。
弘兼:最近は早期選抜などでエリート養成を行う企業が増えましたが、もっと加速すべきですね。
萬田:ここ数年、北京市が主催する「転職フェア」に参加していますが、東京ドームくらいの会場を「ウミガメ族」を筆頭に本当に優秀な人材が埋め尽くすのです。あれを目撃すると、何も考えずに日々を過ごしている日本人ビジネスマンが中国人ビジネスマンに置き換えられる日も遠くないと感じずにいられません。それを防ぐには、日本人ビジネスマン個人がもっと世界に目を向けて、グローバル基準を意識して仕事をしていくことだと思います。今後ますますビジネスにおいて国境の意味が薄れる中で、「日本」という括りは個人の勝手な安心材料にしかなりません。まずビジネスにおいては、「自分の中の国境をはずす」ことが必要だと思いますね。