第3部 人民元切り上げ問題香港ドルのドルペッグ見直し議論の行方人民元切り上げ幅の均衡点

第3部 人民元切り上げ問題香港ドルのドルペッグ見直し議論の行方人民元切り上げ幅の均衡点

—人民元の自由化に拍車がかかるのは2010年以降—

大原:香港市場はいまジレンマの状態にあると考えています。香港ドルは米ドルにペッグしている結果、ドル安の影響を直に受けています。

私は、本来香港ドルは人民元と一体化する方向でドルペッグを解消すべきだと思っていますが、先日会った香港証券取引所の幹部から聞いた言葉はとても意外でした。「ドルペッグは外さないほうがいい。中国大陸から資金が流入してくるので市場に割安感が出る。これを好感してさらに資金が入り、さらに市場が活気づく」というのです。中国の高い経済成長は香港地域の市場の存在なしには実現しなかったのは否定しようもありません。

熊谷:私もドルペッグを外し、すぐに人民元とペッグする必要はないと思いますね。中国企業はグローバルに資金を調達するために香港地域の市場をうまく使っています。香港地域と中国大陸の経済関係はますます緊密化していますが米国経済とのつながりも強く、それだけの恩恵も受けています。

ドルペッグ制から人民元ペッグに移行しようとする場合、中国人民銀行の金融政策に左右されることになりますが、この金融政策に十分な信頼がおけるかどうかという問題もあります。香港ドルは人民元が完全に自由化されるまで、中国の貿易および国際的な金融システムの潤滑油としての役割を担い続けると思います。というのも、中国にとっては米ドルより香港ドルのほうが使い勝手がいいのです。

一方、ドルが安くなると輸入インフレになります。また、海外や中国大陸からの資金流入による香港ドル高圧力などのことを考えると「経済は中国大陸と密接、通貨は米国寄り」というジレンマもあるわけです。ですので、人民元建の資本の自由化に拍車がかかるのは2010年以降のことになるでしょう。人民元が自由化され、香港地域の経済成長にも人民元ペッグが最適となれば、香港ドルの米ドルペッグ解消の議論が出てくると思います。

—強気の中国、人民元切り上げ幅は7%-8%にとどまる—

大原:人民元の切り上げはどこまで行くとお考えですか。その均衡点はどこにあるのでしょうか。

熊谷:人民元は2005年7月からの累計で対ドル10%程度上昇しています。2007年は11月現在で約6%の上昇。2008年は切り上げ幅が大きくなると予想しています。アメリカとの貿易摩擦を避けるためだけでなく、物価上昇によるインフレ抑制効果の期待もあり、7%-8%の切り上げとなるでしょう。

実は中国は、かつての日本の円切り上げプロセスをよく研究しています。1971年のニクソンショック以来、変動相場制を導入し、1985年プラザ合意後の急激な円高により日本の輸出競争力は一時落ちました。しかし対米貿易黒字は減らず、アメリカの貿易収支はいっこうに改善しませんでした。かたや主として米国国債を購入していた日本は、外貨資産を大きく失うことになりました。

中国は人民元が切り上がってもアメリカの経常収支赤字は続くと読んでいます。「経常収支の赤字は為替の問題だけではなく、その国の生産性である」というのが彼らの主張です。先に、中国の輸出額の約55%は外資企業が稼いでいるということを述べました。米国は自国の繊維産業にとっては人民元を大幅に切り上げてほしいわけですが、中国から原材料、加工製品などを輸入している産業にとっては大幅に切り上げるのは好ましくないわけです。また、中国の高度経済成長を長く持続させるためにも人民元の急激な切り上げはないと考えています。