関連対談
DDA交渉再開に向けての課題と展望
(世界への影響:OECDや世界銀行などの調査でも、DDAの中断によって、経済的なマイナスが生じている。とりわけ弱い立場のLDC(後発途上国)にとっては非常に深刻な問題である。)
(日本への影響:日本は多角的な貿易体制の恩恵を最も得ている国の1つであるため、WTOの信頼性が削がれていくことは日本にとってマイナスである。)
DDAが中断されたことによる世界にとって、日本にとっての影響
小寺:今後どうするかという話は後ほどお聞きすることにして、DDA交渉が中断された影響をどのように考えていらっしゃいますか。1つは世界にとってという問題と、もう1つは日本にとって、という切り口があろうかと思います。どのようにお考えでしょうか。
小川:まず、世界的、マクロ的に見た影響についていうと、これは世界銀行なりOECDなり、経済産業省の通商白書等で分析をしていますが、仮にラウンドが進展しないことによって相当の経済的なコストが生じてくると思います。とりわけWTO以外の場では、相手国の自由化を求めることができない弱い立場のLDCにとっては非常に挫折感があるというか、早く交渉を再開してほしいという機運が強くなっているところです。
あと、やはり政策的にいうと、これはまだ交渉が中断してから実質5カ月しか経っていませんので、そういう評価をしていいのかどうかわかりませんが、各国とも、仮に中断が長引くと、WTOが自由化を進めていくに当たって1番いい方法だという認識は維持しつつ、FTAにもう少し重心をかけていく可能性は否定できないと思います。たとえば、EUは、10月の上旬に新しい通商戦略を発表して、インド、アセアン等とのEPAももう少し視野においていくという方針を発表しました。したがって、交渉の中断が長引くと、このような傾向は強くなってくるのではないかと思います。
それから、日本については、もちろんアジア地域とのEPAを推進はしていますが、WTOといった多角的な貿易体制の恩恵を最も得ている国の1つですから、そのWTOの信頼性が削がれていくということは日本にとって非常に由々しき事態ではないかというふうに思います。経済界、産業界の方ともいろいろ話をしていますが、今私が言ったような日本にとってのWTOの利益というのは、ある意味「空気」のようなもので、空気というのは、それが存在する時は別にありがたみはないのですが、酸素が減ってくるとだんだん息苦しくなり、最後は酸欠になっていくものです。その喩えでいえば、交渉が中断して5カ月なので、多少酸素は少なくなったかもしれないけれども、まだ息苦しさを感じない。でもこれが仮に1年、2年、3年と交渉が頓挫すると、息苦しくなって酸欠状態になっていく危険性がありますので、1日も早く交渉を再開しなければいけないと思っています。
また、このラウンドでは、鉱工業品の関税引き下げは、スイスフォーミュラの方式により、簡単にいえば、高い関税ほど大幅な引き下げをしなければいけない、逆にいうと日本は一番平均関税率が低いわけですから、ラウンドが妥結すると、日本が鉱工業品の分野において、理屈の上では、このラウンドにおいて1番利益を得る国になるわけです。そこにも強く着目しなければいけないと思っています。
小寺:小川部長がおっしゃったWTOが「空気」であるというのはまさにそうだと思います。現在日本の企業は多国籍化していますので、関税引き下げによるメリットはどの程度のものかが必ずしもはっきりしないという見方もあるわけですけれども、WTOが「空気」であるという認識は絶対に押さえておかなければいけないと思います。同時に、日本の国内構造改革の遅れにもつながるという問題もあると思いますが、そのあたりはどうお考えでしょうか。
小川:そうですね。農業については、農林水産省自身も農業の構造改革の推進に関係した施策をやっておられるわけです。交渉が頓挫したからといってその動きが弱まることはないと思いますが、やはり構造改革を進めていく上においても、国際的な背景としてはWTO交渉が進んでいくことが、国内の構造改革をより進めていく素地になるのではないかと思います。
小寺:やはりDDAをできるだけ早期に正式再開することが重要になってくるように思います。
今後の交渉再開に向けて日本はどういう役割を果たすべきか
(日本は中断の主たる原因にはなっていないため、再開に向けて果たせる役割は必ずしも大きくはない。しかし、昨年のLDCに対する無税・無枠の拡大提案のように、交渉再開後には交渉の促進のために日本は大きな役割を果たすことが可能である。)
小寺:日本の果たす役割が次に問題になるだろうと思います。日本については、当初は余り大きな役割は果たせないような形、つまり、ウルグアイ・ラウンドのときの4極のようなものはなくて、特に農業を中心にG5ができて日本が入っていない形で交渉がリードされていたのですが、去年から日本も入ってG6になって、交渉全般をG6がコントロールをしていると聞いています。また、昨年の12月香港で開かれたWTO閣僚会議の前には、日本が率先して開発イニシアチブを発表して、途上国のDDA支持を獲得するのに相当貢献したというようにも承っています。
他方、先程のお話にもあったように、問題はアメリカの農業補助金、それからEUの輸出補助金、そして途上国の鉱工業品の関税引き下げが争点です。そうなりますと、日本の果たすべき役割が、ウルグアイ・ラウンドのときほどは大きくないようにも見えてきます。先ほど小川部長が、リーダーというのはコストを払う国だとおっしゃいましたが、日本が払えるコストはいろいろあると思います。今後の交渉再開、そしてその促進において、日本はどういう役割を果たすことができるし、また果たすべきであるとお考えでしょうか。
小川:2つの局面があると思います。まず、交渉を再開させるための側面と、それから促進させる側面です。まず再開のところの局面は、今先生が指摘されました通り、日本は中断の時の主たる原因にはなっていないわけなので、日本自体が立場を変えることが再開には影響しないという意味で、大きな貢献はできません。しかし産業界は再開に非常に強い関心を持っていまして、今年の9月から10月にかけて経団連や日本商工会議所の会長、部会長クラスのミッションということでG6各国を訪れまして、カウンターパートとWTOについて意見交換をし、且つそれぞれの国の大臣に交渉再開に向けてアピールをしてきました。
それから、交渉を再開した後の交渉促進ということでいうと、我々が果たす役割は大きいわけですし、また交渉中断の前までにいろいろな面で貢献をしてきました。先ほど先生がおっしゃいましたような開発の関係ではLDCに対する無税・無枠を拡大することにいたしましたし、農業の関係ではG10ということで、農業輸入国の立場から積極的な提案を出しています。それから、鉱工業品の交渉につきましては、たとえば、東アジアの各国を集めNAMAに関する閣僚会議をやって、NAMAの議論に積極的に貢献をいたしました。G6の中でもまた交渉が始まれば、内容面で各国のコンセンサスの形成に向けていろんな貢献をしていきたいと思っております。
また、ルールの面では、AD(アンチダンピング)交渉の分野を中心に積極的に提案を出しながら、よいテキストが最終的にまとまるように貢献していきたいと思っております。
WTO協定とEPAとの関係をどう考えていくべきか?
(WTO体制が政策の基本であるというスタンスは変わらない。)
小寺:DDAが正式に再開したからといって一挙に交渉が妥結するかどうかははっきりしないのだと思います。そうなると、日本としても、もちろんWTO体制が基本であるということは大前提ですが、同時にEPAも相当積極的にやっていかなければならないのではないかと思います。日本の通商政策におけるWTO協定、またWTO協定とEPAとの関係を、基本的にはどうお考えになっているのか。またそれが今回の交渉中断、さらに再開しても早期に妥結しそうにない状況の中で変化したとお考えなのかどうか。また、変える必要があるとお考えなのか、ご見解をお聞かせ下さい。
小川:変わらないと思います。今年の8月に我々経産省も東アジアEPA構想のようなものを立ち上げましたが、WTO交渉を継続していたとしても粛々とビジネスの要望、経済実態を背景にして展開していましたので、これは別にWTOと関係なく動いているわけです。
全体的にみて、軸足の重心の置き方が多少違ってくるというようなことはあるでしょうし、マスコミのスポットライトがEPAに当たるといったこともあるでしょうが、政策の基本的スタンスということでいうと、それは変わらないということは申し上げられると思います。
小寺:ウルグアイ・ラウンドのときも相当長期にわたって交渉が中断し、また交渉期間も延びましたが、終わってみれば大成功だったので、今回もそのようになればいいと思うのですが、あの時もアメリカが鍵を握っていて、他方、アメリカはNAFTA(北米自由貿易協定)も進めていたんですね。NAFTAとWTOと、いわば両方とも成功させるためにそれぞれを使ったという面があったと思うのですが、日本がWTOを促進するために、たとえばEPAを使うというようなことをお考えになることはないのでしょうか。
小川:EPAは経済連携政策の中である国との交渉を加速させるとか、世界の中で国の位置づけをするということであって、WTOを加速するためということではありません。
小寺:小川部長は、就任されたときはまさに7月合意ができるかできないかというような状況で、それから今までご覧になっていて、山あり谷ありだったと思います。その間もマスコミは折りにふれてWTO交渉を報道し、同時にいろんな論評も行われ、そういうものも恐らくご覧になってきたと思います。マスコミの報道と現場の交渉とはどの辺が違うとか、ここはぜひ理解して欲しいといったことがあれば、幾つでも結構ですからおっしゃっていただきたいと思います。
小川:新聞報道では農業問題が重点的に取り上げられていますが、それは報道という観点からいうと自然な流れではないかと思います。しかし、WTO交渉自体は農業のためではなくて、幅広い分野で行われているものです。それが中断した場合には、農業だけの問題が滞るわけではなく、さまざまな経済に影響を与えるものだということをご理解いただきたいのですが、これは報道の問題というより、我々のPR不足の結果だと思います。
小寺:通商政策は、相当に複雑で、かつ専門性が高くて、一般にはなじみのないような言葉も使われており、その意味では図式的に報道した方が楽だという面があると思います。実際に携わっていらっしゃるとそんな図式的なものではないだろうと思いますので、是非マスコミや国民に対して、WTOの交渉にどういう意味があり、現実にどのように動いているかを伝えるように努力いただきたいと思います。
小川:わかりました。もっとその辺のところを努力したいと思います。ありがとうございました。
小寺:どうもありがとうございました。