本文

本文

日米ビジネス慣習の差異

日本の企業とアメリカの企業とは、いろいろな点で対照的である。たとえば、アメリカの企業では、大部分の仕事に細かいマニュアルがあり、誰でも、そのマニュアルを読めば、仕事の内容と手順が簡単に理解できるようになっている。もし問題が起きたら報告し、誰の指示に従うべきかまでマニュアルに書いてある。仕事は極端に単純化され、たとえば、建設工事では、パイプが色分けされ、現場の労働者は、同じ色のパイプをつなぎさえすればよい。

ところが、日本の企業では、マニュアルがあっても厳密ではなく、事務労働では、マニュアルがないのが普通だ。もし、日本で仕事を極端に単純化し、マニュアル通りの機械的処理に限定してしまったら、多くの人は、小学生扱いにしたと怒り出すかもしれない。そこで、仕事の範囲をぼやっと決めて、任せたと頼めば、負かされた方は、急にやる気をだすのである。

ところが、やる気を出したA氏が、十分な能力があるとは限らない。しかし、B氏、C氏にも、同じような頼み方をすれば、その中で、優れた能力を持ったC氏が、テキパキと仕事を片付け、能力にかけるA氏の仕事もカバーするようになる。こうして、マニュアルもないし、自然に仕事の分担範囲を定めてくる。そのうちに、優秀なC氏は同僚の信任を集め、企業は彼を昇進させる。企業の人事政策のポイントは、いわば、同僚の信任性を追認にあり、初めから勝手に差別すると、従業員の 「平等観」 をひどく刺激し、混乱する。

もし、任せる仕事にミスが生じたときには、上役にとっては、不運である。上役は長年、同じ釜の飯を食べてきた部下を、犠牲にするわけにはいかない。彼は部下を庇い、彼の同僚や、上役は、彼の不運を知っているから、あまり追求しない。このように仕事の責任はうやむやなうちに消え去ってゆくのだ。企業家族では、庇いあいこそ、美徳である。

だから、人を信頼し、仕事を任す組織では、エライ人は、部下を監視する必要がない。厳しいマニュアルにしたがって、従業員を動かしている欧米企業では、エリートやエライ人は、マニュアル以内分野をすべてカバーし、さらに従業員を監視し、命令しなければならないから、会社に朝早く出勤し、夜は遅く帰り、従業員がレジャーを楽しんでいるウイークエンドでも働いている。

ところが、日本では、エライ人は朝遅く出勤し、まず新聞を読み、なんにもお客と談笑して、夜は早く帰る。これに対して「ヒラ」は残業しているが、彼は、エライ人が早く帰ったほうが、働きやすいと感じている。負かされているこそ、こと細かな指示を嫌っているのである。

欧米では、エライ人は個室にこもり、秘書を使いながら仕事をし、指令をだす。日本のエライ人は個室を持ってはいるが、それは応接間代わりであって、いつも、大部屋で部下と一緒にいる。その中で、任せた仕事の進み具合や問題を感じ取り、相手のやる気を損なわないように、忠告するのである。もちろん、そこでは、「以心伝心」がもっともよい方法である。