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ビジネスパーソンのキャリアはいかに創られるべきか?
共に松下電器産業出身。弘兼憲史氏は、3年あまりの勤務の後、漫画家として独立。萬田弘樹氏は、10年以上のキャリアを積み重ねた後、同社のベンチャー設立支援制度を利用してキャリアコンシェルジュを設立し、代表取締役に就任した。共に「超」大企業に勤めながらその場にとどまらない。自ら動くことで、楽しい「仕事場」を探してきた。そんな彼らが考える「キャリアの創り方」を聞いた。
弘兼:萬田さんが利用したパナソニック・スピンナップファンドは、具体的にどういう制度なんですか。
萬田:この制度は、2001年に松下電器産業が未曾有の赤字になったときに、社員の意識改革を図るために発足した制度です。ビジネスアイデアをもつ社員が、上司を介さずに、制度にエントリーすることができます。
弘兼:いまどの程度の運用状況ですか。
萬田:私が利用したのは、第一次ファンド(総額100億円、01年4月~04年3月)では、350名が応募、19社が発足しています。私が提案した事業は、現在のキャリア採用の一括アウトソーシングだったため、中村邦夫社長に「経営の根幹である人材採用は、さすがにベンチャーに任せられない」と言われ、100%出資していただきましたが、新会社の経営者が何パーセントか出資するケースもあります。
弘兼:私は、松下には3年間しか勤めていませんでしたが、当時は電機業界の中でも給料は良かったし、仕事にも恵まれていて、満足度は非常に高かったんです。普通に考えると辞める理由なんてなかった。萬田さんは、辞めたわけではないけど、松下社員としてとどまっていても不満はなかったんじゃないの?
萬田:そうですね。でも私の場合、10年ほど人事系のキャリアを積んできた中で、やりたい事業というのが明確に見えてきたので、それをやらないのは損だなと。やりたいことがやれる箱(会社)を、自分のために作っちゃったんです。
弘兼:そう考えると、やりたいことをやれる環境こそが人間を働かせるんだと思いますね。もし私が宣伝部にいけなくて、経理部とかに配属されていたら、毎日酒飲んで、ダラダラいまも松下社員を続けていたかもしれない(笑)。でも、宣伝部では毎日が面白くて、辞めるときはもったいない気もした。
萬田:弘兼さんはなぜお辞めになったのですか?
弘兼:人間には天職が必ずあると思うんです。でも、自分の天職をはっきり分かっている人はいない。永遠の謎です。僕の場合、幸運にも宣伝部の仕事よりも漫画家は天職により近い位置にあると気づけたんです。会社も面白いけど、できればもっと天職に近づきたいと。何も不満があったわけじゃないし、会社生活もだいぶ楽しんでいたから、いざ辞めるとなったときに周りがずいぶん助けてくれましたね。3年勤めたら退職金がでるとか、失業保険の申請とか、おまけに確か辞めるときはボーナスを貰ってから辞めたような(笑)。退職後も松下系の仕事をすごくもらったので、独立してすぐ3倍の収入になりましたね。
萬田:天職とは、自己実現にどれだけ近づけるか、ということですよね。そこまでの道のりは、弘兼さんのように独立する道もあるし、私のように社内ベンチャーを設立するとか、転職、社内異動など、いろいろな方法があると思いますけど、どんどん試せばいいんです。
弘兼:ただ、そのたくさんある選択肢の中で、収入の多寡で進む道を決めると話がおかしくなる。第一義にやりたいことがあって、収入などはその後でもいいと思いますね。
萬田:同感です。何を第一に優先するか、自分の価値観を大事にすることですよね。
弘兼:以前、流行ったけど、キツクても稼げる運送会社のドライバーを一生やっても面白くないでしょう。やはり収入は半分でも、自分がやりたいことをやるのが、一番。さらに言うと、仕事に楽しさを求めた方がいい。余暇に楽しさを求めてしまうと人生がつらくなる。だって、ビジネスパーソンは人生の大半を仕事と共に生きるわけで、余暇に楽しさを求めてしまうと、人生に占める楽しさの時間が極端に少なくなりますから。
萬田:仕事って、楽しくなければ損ですよね。天職が、いまの自分と遠いとこにあるなら近づけばいい。同じ会社でも天職に近づく方法はありますし、そちらに行く努力をすればいい。幸い松下はそれができる企業ですね。オープンチャレンジという社内異動制度があって、自分の好きなところに希望を出し、認められれば異動ができる。自分の天職を社内で掴める人がかなりいると思いますね。
弘兼:ちょっと逆説的ですが、難しいのは「天職だ」と自分で思っていても、勘違いしている場合が大半なことですよね(笑)。これを防ぐには、自分の希望と同時に、周囲からの評価にもしっかり耳を傾けなければいけない。
萬田:やはり一人で判断するのは危険ですね(笑)。弘兼さんがお辞めになったときは、周囲に応援団がたくさんいたようですが、いま現在、そういう人間関係がない人は、転職などの重大な決断はしない方がいい。本音で語れる友人が何人いるか、会社を辞めても本音で付き合える同僚が何人いるか、意外と重要です。
弘兼:天職に近づくには、まず周りを固めることから。ちょっと天職が遠のいて、クラッときている人もいるかもしれない(笑)。
萬田:確実にいますね(笑)。ところで、弘兼さんは天職に近づくためにビジネスパーソンが心掛けるべきことは何だとお考えですか。
弘兼:終身雇用制が崩壊した現在では、サラリーマンといえども「個人事業主」的な生き方が求められているんだと思います。だから、企業経営と同じく個人も他者との差別化が重要だし、それに伴ってセールスポイント、実績を持つことが必要だと思います。それこそ、いつ売り出されても、すぐ仕事が見つかるようスキルアップを欠かさないことですね。
萬田:確かに自分の「バリュー」を意識することは重要ですね。会社に対して、いま自分はどのくらいの価値を提供できているのか。また、若いうちから転職市場の動きに敏感になって、市場価値を意識したり、自分が何を身につけたら価値が上がるのかを考えて行動することが必要だと思います。
弘兼:基礎的で、かつ重要なスキルとしては、「コメント力」、「段取り力」、「モノマネ力」の3点が必須だと思います。「コメント力」とは、アンテナを広く張って情報を収集し、自分の興味範囲を広げておくということ。会議や接待のときに、どんな系統の話題を振られても、対応できる底深さを身に付けると、非常にアナログだけど、ビジネスパーソンとしての価値は上がります。
萬田:情報収集力は本当に大事ですね。引き出しの多い人は、転職で失敗しないんです。引き出しが少ない人は、少しでも合わない点があるとダメだと諦めてしまいますが、引き出しが多い人は合わない点があっても、合うところを探せばいい。この違いはかなり大きいです。面接をしていても、話題の幅が広い人は魅力的に映ります。実際、企業社会でもそういう人ほど、出世しているんじゃないでしょうか。社内にいる同質な人間や同じ年代の人だけではなく、いろいろな人と会って、訓練しておくことでしょうね。
弘兼:先ほど「段取り力」と言ったのは、無駄のない働き方を実践して欲しいから。優秀な料理人は、ダメな料理人が一品作る間に他の料理も作ってしまう。優秀なビジネスパーソンも他人の2倍の時間を過ごしているんです。だからコメントの幅も広がります。あと、「モノマネ力」といったのは、柔らかな頭も必要だということ。すべてを自分で編み出そうとするのではなくて、他人のいいとこ取りができるのも才能の一つです。
萬田:もともと日本人は、いいとこ取りがうまい民族ですよね(笑)。
弘兼:そう。モノマネの特性は日本人みんなが持っているはずです。朝、さんざん議論したけど、日中考えて相手の意見の方が正しかったら、夕方に即実行する。朝令暮改の潔さも必要ですね。霊長類の中でも、価値観を変えられるのは人間だけなんです。自己否定する勇気と力を持った方が、ビジネスパーソンは楽になると思います。
萬田:あと、日々の働き方としては、どんなポジションにいたとしても、「自分が経営者だったらこうする」という考え方を持つことは大事ですよね。
弘兼:そうですね。私が『加治隆介の議』を書いたときも、自分が加治(主人公)だったらどうするか、と何度もシミュレーションしました。そして、それを取材先で相手にぶつけると、具体的な話が帰ってきて、漫画が面白くなる。それと同じく、ビジネスパーソンも経営者の立場で考え、意見をぶつけていけば会社人生が楽しくなるでしょうね。でも、すべてのサラリーマンがそうなると、会社への不満なんかなくなっちゃうかもしれない(笑)。
萬田:当然、逆もありますよ。経営者の立場で考えたら、「同僚より数倍結果を残している自分の給料がこれだけなのはおかしい」とか、気づくかもしれない。やはり、私が優秀だなと感じる人をみると、若い内から経営者や責任者をやっていて、すべてを数字に落として考える習慣が身についています。ですから、失敗してもいいから、若い内に責任ある立場を会社からもぎ取り、トライアンドエラーをひたすら繰り返して欲しいと思いますね。
弘兼:そういう意味では、20代は修行期だと思います。臆せず挑戦することが優先で、失敗は許される時期。そして、30代は実績作りの時代。ここで実績を積み重ね、40代にかけて自分のポジションを確立する。あとは、自分で仕事を作り出し、ひたすら成果を出していく時代です。
萬田:松下のような大企業では、人材は「会社の歯車の一つ」というイメージがあります。でも、グループでも、課でも、部でも、必ず自分の目が届く範囲の小組織は存在しています。それを一つの会社と捉えてその中で一番を狙う、その中で経営者として物事を考えるのがベストだと思います。そして、その組織の枠をどんどん広げていけばいい。また、経営者として物事を考えたり、進めたりするには、必ず他者を巻き込む必要がでてきます。そうやって、自分で仕事を大きくしていくことが重要なんです。私の同期でも、出世している人間は、自己主張が強くて独力でのし上がってきた人ではなくて、他者を巻き込んで仕事をしてきた人が、自然と周りから持ち上げられて、リーダーになっています。
弘兼:リーダーは、往々にして自分で手に入れるものではなくて、人から与えられるものなんですよね。やっぱり、自分で全部の仕事をやるには限界があって、本当に仕事ができる人間は周りが助けたくなる人物なんです。
萬田:自分のスキルアップや成果だけではなくて、いかに周りをやる気にさせて、一緒に仕事を創っていけるかどうかですね。周りとは、自社内だけではなく、お客さんも含め、すべてのステークホルダーのことです。こうした働き方や考え方が、ビジネスパーソンの「キャリア」を創っていくのだと思います。