本文

本文

日本的な雇用特徴と変質

日本的な雇用特徴

戦後わずか40年ほどの間に、世界有数の経済大国に発展した日本。資源も資本も持たないアジアの小国日本が、戦後の困難を克服し、二度にわたる石油危機、さらには円高による経済危機をも乗り切り、世界経済における重要な役割を果たすまでに発展できた原因は、果たして、何だったのであろうか。

奇跡的とも呼べるこの経済発展を理解するキーワードの一つとなるのが、日本独特の雇用制度、いわゆる、「終身雇用制」と呼ばれるものである。この制度の下では、雇用される側は、一度会社に入れば、定年退職するまでは生活の心配をする必要がない。そればかりか、給与や地位も、年功序列にしたがって、次第に上がっていくということから、当然のことながら、働いているうちに、その会社に対する強い帰属意識を持つようになる。仕事は何かと尋ねられて、仕事の内容ではなく、会社の名前を答える日本人が多いということは、このことを物語っている。

一方、雇用する側からすれば、一度優秀な人材を確保しておきさえすれば、長期的視野に立って、企業経営を考えることができた。すなわち、世界市場で十分な競争力を持った商品の開発を目指し、新しい技術を導入し、それに対応できるよう従業員に、幅広い技術を身につけさせることが可能だったわけである。

よく言われたことだが、日本の企業がここまで伸びられたのは父親役の社長を中心に、企業全体が帰属意識という見えない糸で結ばれた家族として動いていたからである。その家族のみなさんが一生懸命企業を伸ばすために努力を続けて、その結果、日本全体の経済も世界有数のものと言われるまでに育ったのである。

しかしながら経済発展にだけ目を向けているうちに、ひどい公害を生み出し、自然破壊を続けてきたばかりでなく、人の心までも汚してしまったということも事実だ。金と物だけが大切にされ、本当に価値のあるものが見失われつつある今の日本が「日本株式会社」と冗談交じりに呼ばれるのも、このへんに事情があるようである。

今、日本が問われているのは、経済大国「日本株式会社」としてではなく、本当の大国としての役割を果たすことである。貿易摩擦、黒字減らしなどの問題が起こるたびに、それら目先の問題にばかりとらわれるのではなく、地球家族の一員として、家族全体がより大きく発展できるように、これまでの経験を役立てること、それこそ日本が、国際社会で果たすべき役割なのである。

終身雇用の変質

日本の経営の「三種の神器」は、終身雇用、年功序列、企業内組合といわれる。1950年代末に日本通の米国人経営コンサルタント、J.C.アベグレン氏(現上智大教授)が提唱されたとされ、1972年のOECD(経済協力開発機構)の「対日労働報告書」は「三種の神器が日本の高度成長を実現させた」と賞賛した。日本人の高い労働意欲や企業への忠誠心は、こうした日本の雇用慣行・労務管理から引き出されているといえる。日本的雇用慣行・労務管理の根幹を成すのが終身雇用制度である。その終身雇用がどんな風に変質しているのか探ってみよう。

日本的経営の強さを説明する言葉に「集団主義」があるが、それが日本文化特有のものとする説に加え、終身雇用が集団主義を支える力になっているとの味方も強い。この論法を裏返すと、終身雇用が崩壊すると、日本的経営の強さが失われるということになる。日本の経営者や経営学者が終身雇用の帰趨の注目しているのはこうした理由による。

「定年まで一つの会社で働く」という旧来型の終身雇用制度は今、転換期を迎えている。給料の高い中高年社員をたくさん抱えるよりも、若くて行動のある社員を活用したいと企業は考える。その方が企業としては利益が上がる。だから定年前に肩タタキをして子会社に出向させたり、「退職金をはずむから」とアメをちらつかせて辞めてもらう選択定年制が登場したりする、働く側の意識もだんだんドライになり、スカウト話に乗るエリート社員も増えてきた。

だが、これで終身雇用制度が崩壊した、と見るのは余り早計である。一橋大学の津田真澂(つだますみ)教授はこのところ、終身雇用ならぬ「半身雇用」という新語をつくり、その概念を説いて回っている。同教授は「終身雇用の慣行が日本的経営を世界に冠たる経営システムに押し上げた」と評価する。ただ、工業化社会から情報ネットワーク社会への移行の中で、中高年労働者を中心に企業内人材の出向や選択定年が増える一方、パートやアルバイトといった企業外人材が幅をきかすようになり、「半身雇用」という現象が出てきたという。とはいえ「社員の生活を企業が保証する形での終身雇用はなくならないし、終身雇用を軸にした日本的経営が崩壊することはない」と結論付けている。

つまり終身雇用は崩壊したのではなく、変質している、というわけである。終身雇用のもとでは社内に豊富な人材資源をたくわえることができるし、労使一体の経営も進めやすくなる。中高年の余剰という重荷はあって企業としては終身雇用の原則をそう簡単に捨てられない。

ならば企業は終身雇用の仕組みをどう変えようとしているのか、その一つの形が、子会社を含めた企業グループぐるみで雇用を保証する「終身多企業雇用」である。ある会社に就職し何年かして子会社や関連会社に行っても結局は企業グループとして終身雇用すると言う考え方だ。

西武セゾングループは87年度から大卒を対象に新しい採用制度「オーダー・エントリー・システム」(OES)を導入した。企業単位の採用を止め、グループで一括採用し、社員の希望に応じてグループ内のどこかの企業に配属する制度。入社4年目と7年目に他の会社に移る機器を与えられる。こうした企業間異動を慣例すれば社員の側に「出向」という意識はなくなり、企業側も人材の適正配置がしやすくなる。OESのほかにも西武セゾンは「グループ終身雇用」に備えた制度改革を進めている。グループ各社の厚生年金基金や健康保険組合、住宅融資のシステムなどを統一しているし、将来は給与の体系一本化も検討中だ。