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日本経済の問題点について
飯尾:現在の日本経済全般について、問題だと思われる点を挙げていただけますか?
深尾:経済が正常な状態といいますか、物価が若干上がっていて、金利がプラスの状態であればよいのですが、短期金利がゼロになってデフレになってしまっている。こういう状況で何をしたらよいか。それをやった場合の効果はどうなるかということについて、ほとんどこれまで経験がないわけです。
そうすると、ロジックで判断せざるを得ません。経済の仕組みはこうなっているから、こうすれば効くはずだと。そのロジックのレベルになると、どういうふうに政策が効くかということについての判断が人によって違うということから、コンセンサスの形成が難しくなっています。もう1つは、政策提言をする場合に純粋に経済のロジックだけで議論していればわかりいいのですが、さらに政治的な制約条件まで入れた上で政策提言をするということになると、何を言ったらよいのかわからなくなってくるという部分があります。さらに、アイデアがないのでどうしようもないと思っている人も実は非常に多い。この3つが問題なのではないでしょうか。
飯尾:深尾先生は、日本経済においてデフレの問題が一番重要だとのお考えと聞いております。デフレと関係する主要な要素、たとえば景気であるとか、財政赤字などの要素というのは、大体幾つぐらいを考慮すればよろしいとお考えですか。
深尾:それは、挙げ出すときりがないぐらい多くの問題がありますが、デフレを止めることによって何が可能になるかということをいいますと、1つは金融再生です。当然その裏側として、企業部門の再生が可能になります。売り上げが増えるので、借金が返せるようになるということです。そしてさらに、財政についても引き締めが可能になる。つまり金融政策サイドで緩和ぎみにすれば財政は引き締められ、財政の再建が可能になる。デフレを止めるということが金融再生および財政再建の少なくとも必要条件になると思います。
構造改革についても、弱いセクターを徐々に縮めていって、破綻処理をするなりして、よい部門を伸ばしていくわけですが、これをやる場合にもデフレだと新規開業が非常に難しく、構造改革も進まないということになります。ですから、全体を考えてみれば、景気を立て直すためにはデフレからの脱却が前提条件といいますか、必要条件になると考えております。
飯尾:今のご説明では、それらは相互連関していて、これだけは別に動くというものはあまりないというように考えてよろしいのでしょうか。
深尾:1つだけをやることは可能ですが、他のものが悪化するということですね。
デフレについて
飯尾:それでは、まず今のデフレとはどういう現象なのだろうかということを、私のような経済の素人にもわかるレベルで説明していただけますか。
深尾:デフレというのは、一言でいえば継続的に物価が下がっている状態です。特に賃金、物価の両方が下がっている状態が非常に危険です。
飯尾:賃金と物価というのは統計上は一応別ですが、同じように動くのでしょうか。
深尾:違って動きます。賃金の方がやや高目に動きます。これは生産性の上昇率があるために、賃金がプラスでも物価は上がらないで済むということになります。ですから、賃金が上がっていて物価が多少下がっているという状態は、それほど危険ではありません。現在の中国がそういう状況だと認識しています。
飯尾:なるほど。中国でいわゆるデフレといわれているものと日本のデフレが異なるのは、賃金が上がるかどうかに差があるということですか。
深尾:中国では、食料品が消費者物価に非常に高いウエイトで入っています。確か7割前後が食料品だと認識していますので、この値段が下がっているということです。賃金が徐々に上がっている中で、生産性の伸び率が高くて、農産物の生産性も上がっているでしょう。
飯尾:それに対して日本はどういう状況なのでしょうか。
深尾:賃金が、総報酬ベースで徐々に下がっています。しかも雇用が就業者ベースで、つまり自営業と雇われている人と両方合わせて、今、年間70万くらいのペースで下がっています。そうしますと、トータルの収入ベースの下がり方が非常に速くなり、経済がどんどん縮小しているという状態です。
飯尾:これはなぜ起こっているとお考えでしょうか。
深尾:基本的には需給ギャップが大きい。需給ギャップというのは、平たい言葉で言えば、広い意味での稼働率のことで、これは、人と設備、両サイドの稼働率が低いということを意味しています。生産設備も人も余ってまいります。そうすると、安くして、とにかくお客さんを呼びたいというインセンティブが生じます。これが起きると、1つの企業だけをとってみれば、値段を下げることでお客さんを呼べますが、経済全体としてみれば縮小していきます。給与もカットして雇用も減らさざるを得ない。これがぐるぐる回っているという状態です。
飯尾:今お話をいただいた需給ギャップの問題が一時的なものであれば、いわゆる景気循環というものがあるはずなのに、循環せずに一方向に動くというのはなぜなんでしょう。
深尾:普通は、景気が悪くなった段階でも物価はプラス、賃金も若干のプラスぐらいの時が多いわけです。そういう場合は、金利を十分下げてやれば、お金を調達して投資をすることが有利になります。今は一時的に安いけれども、将来は物価がまだしばらくは上がるだろうという期待があれば、景気が悪いときに金利が低い状況では、投資がじわじわと出てきて景気回復のきっかけになります。ところが、物価が一旦継続的に下がり始めて、今が底だという感覚がなくなった状態になると、悪化した状態がどんどん続くということになります。
飯尾:そうすると、私が先ほど伺った景気循環というのは緩やかなインフレ状態を前提にしているので、緩やかなインフレという前提がなければ景気循環というのは生じなくて、デフレの方向に一方的に進むということになるわけですか。
深尾:デフレがある程度定着してしまって、かつ循環の谷が深いと、そうなる可能性があります。
飯尾:今の日本の状況はどうなのでしょうか。やはりそういう状況になっているということなのでしょうか。
深尾:そういう状況です。現在の需給ギャップの水準については、私はGDPギャップで見て6%前後あると見ています。これは、日経センターの予測チーム、あるいは金融班で推計した数字です。内閣府、アメリカの連邦準備銀行の委員会のスタッフの推計といったものも、2001年時点で大体5%前後ですから、2002年は決してよくないので、6%ぐらいになっていても全然おかしくないと考えております。
飯尾:需給ギャップが存在するというのは、素人考えでいきますと、需要を上げるほかに供給を減らすというのもありそうですが、供給を減らすというのは好ましくないとお考えですね。
深尾:生産能力に対して需要が少ないことを需給ギャップといいます。ですから生産能力を減らせば、ギャップは確かに減ります。ただし生産能力には2つの面があって、設備と人があります。設備は減らせますが、人は減らせません。ですから人が余るだけであって、賃金の下落はさらに加速する可能性の方が高いです。ですから供給を減らすという意見は愚の骨頂であって、経済の仕組みが分かっていない人たちのことです。
飯尾:こういうデフレが、これまであまり起こらなかったというのはどういうことなのでしょう。
深尾:戦前は何回も起こっています。戦後は成長力があって、かつ、ややインフレぎみの経済がずっと続きました。だからかつてはデフレにした場合のリスクというのは実はよくわかっていて、大恐慌直後のアメリカの経済学者、あるいはそれを学んだ日本の経済学者もそれをわかっていたわけです。現在その認識がないということは、経済史をしっかりやっていない人が最近は多いのではないかと思います。
アメリカの大恐慌の時に、確かに物価はGDPデフレーターで測って、ピークとボトムの比較で23%下がっていますが、実は半分以上が農産物です。農産物のウエイトが付加価値で2割ぐらいありましたので、これが65%、3分の2ぐらい下がって3分の1になってしまったわけです。でから、これを除けば、それ以外の物価の下落というのは1割ちょっとです。日本は既に、ピーク比、1994年比10%ぐらい下がっていて、年率2%程度のペースで下がっていますので、十分深刻な状態にあると見ていいと思います。
飯尾:大恐慌に匹敵することは、既に起こっているということですか。
深尾:農産物を除く物価の下落であればそういうことになります。預金保険で銀行を全部保護して、財政赤字で支出を支えていますから、症状が表に出ないだけのことです。